真冬の風は容赦なく、部活で疲れた体にも突き刺さる。
汗をかいて一旦あったまったのが急激に冷え、余計に寒く感じた。
「うおお…寒ぅ…!」
部室を一歩出るや、ほぼ全員が同じことを口にしてマフラーを巻き直す。
もちろん俺も例に洩れず、できるだけ肌色面積の露出を減らすため、女子みたいに
セーターの袖を引っ張り伸ばした。
早く帰ろうと歩き出してから、ふと後ろを振り向く。
いつもなら、ほぼ一緒に出てくる姿がひとつ見えない。
一歩戻って、部室を覗けば、探していた相手が至極無表情で立ち尽くしていた。
「…何しとん。帰んで」
「…」
親切に声を掛けてやったというのに、
あろうことか眉間に皺を寄せたあげく無視を決め込んできた。
昔の俺なら訳もわからずむやみやたら怒り散らしているところだけれど、
さすがにもう一年近くも一緒にいれば事情が違う。
「ーそら外出たぁないんは分かるで、寒いし。やけどやな、」
「…はぁー」
言葉の途中でこれみよがしに大きな溜め息を吐き、
態度のわりに小柄な後輩が重そうな足をようやく前に踏み出す。
俺の横を通りすぎながらちらっと見上げてきた視線は
北風よろしく冷たく、お世辞にもかわいくない。
仕方ないなと全て受け入れる俺はほんとうに大人だと思う。自画自賛。
先を行く黒い頭にはすぐ追い付いた。というか、ほとんど前に進んでない。
さっと早足で前に回り込んで、顔を覗き込む。
ほとんどマフラーに埋もれた隙間に見える顔色は紙みたいに白い。
思わずガン見してると反らしていた目が緩慢にこっちを向いた。
「…何すか」
「ジブン、死んでない?」
「…まだ生きてますけど」
「あ、そう」
「謙也さんの脳細胞は死んでますけどね」
「そう…ってやかましわ!」
くぐもった小声でそれでもなお毒を吐き、
お望みどおりのリアクションをかえした俺をみて少しだけ笑う。
俺は細められた目を見ながら、何だかんだでからかう余裕があることにこっそり安堵する。
ただ…、未だ真っ白いままの顔色が、気になった。
「ー光」
「なん」
相手の言葉が途切れたのは、俺が手の平を掴んだせい。
振り返った切れ長の目がゆっくり見開かれる。指先にふれる温度はそれこそ氷のよう。
「冷たっ、お前これ…冷たっ!!」
「…何なんすか、一体」
思わず叫んだ俺に対し、怪訝そうに眉を潜めるのを横目に入れつつ、黙って手を重ねる。
自分のわりと高いほうである体温が、相手にしんしんと吸い取られていく感じ。
「寒くてかわいそうやから、手ぇ繋いどいたるわ」
「…は?」
大きく飛び出した疑問の声は聞かないフリで、
これまた血の気のない白い手の平を重ね合わして一方的に指を絡める。
ぎゅうと力を籠めたら、一回り大きい俺の手の熱が伝わるんじゃないか、そう思ったから。
「どや、あったかいか?」
隣に並び、低い位置にある顔を覗き込む。
やっぱり白いままの顔にはくっきりと「この人あほちゃうか」と書かれているのに
、
なぜかいつもの辛口な言葉は飛んでこない。少し間が空く。
「…どーも」
ふいと視線をそらしながら小さい、ほんとに
蚊の鳴くような声で告げられた単語に、死ぬほど驚いた。
まさかこの状況で光が俺に礼を言うなんて。
「お前…ほんま参ってんな」
「…見たらわかりません?」
「や、わ、わかるで。わかるけどやな」
自分から仕掛けといてしどろもどろなるのは、
心のどこかで相手が拒否することを確定づけていたから。
強い風が吹き付けて肩をすくめる。
と同時に、繋いだ手を無意識に強く握りしめた。
頭ひとつ分くらい下にある光の瞳が揺らぐ。
「謙也さん」
「…なんや?」
立ち止まった相手にあわせて歩みをとめる。
じっと見つめられて瞠目していると、手は繋いだまま、
光は視線をあわせて俯いた俺へ下からすくい上げるようにキスをした。
「…っ!?」
軽い、一瞬ふれるだけのキスだった、けど。
一応今は野外の、いつ人が通るかもしれない道の真ん中にいるわけで。
ひといきにかあっと顔から体まで熱くなる。
「…あ、手ぇあったかなったわ」
「ーひ、光お前…」
「先輩、カイロみたいっすね」
「っ誰がやねん!あほ!人んこと利用すな!」
恥ずかしくて早口でまくしたてながら、
心なしかさっきよりも血色のよくなった光の笑ってる顔に嬉しくなったりして。
それでもこんな関係がいやに心地いいんだからしかたない。
ああ…ほんと、俺はこの後輩に甘い。
冷たい優しさ
END
これ、光謙…か?真っ先に自問自答しましたがこれ謙光じゃない…?
なんかこの二人の場合線引きがよくわからなくなるんです。こんなCP初めて!まだ光謙のやましいのは書いたことないですが、
多分うちの光謙は財前が望めば謙光な関係(夜的な意味で)にもなれると思います。ひっくり返しひっくり返され。…いいのかなこれで。
ラストは冷え切った財前が謙也に「あっためてください…身体で」とか言うパターンも考えましたがあまりにもひどいので
自重しました。もっといちゃいちゃしてるの書きたいのにな〜…
09/03/05