最初っから、分かってはいたはず。
付き合うっていうのはつまり、やがてはそういう事になるかもしれないってこと。

ただ、それが現実のものとなって、
しかも自分の身に起こるとなればなかなか受け入れ難いもので。


最近だんだんと二人っきりのときの
光からのスキンシップが過多になってきた。

というか、そういう意図を持っての触り方?…をすることが増えてきた、と思う。

はじめは気のせいかと思ったけど、
それが続けばいくらニブい(とよく言われる)俺でも分かる。

分かりながら今日もこうして光のうちに来てるんだから、
もしかして無意識に俺も期待…してるんだろうか。

いやいや。いや、それはない。



「…謙也さん」

「っわ、な何や」


すっかりパソコンの画面に夢中だと思い込んでいた光に
いきなり話し掛けられて、不自然にビクつく。

明らかに変な俺の態度を見つつも、光はなにも突っ込まない。


「顔めっちゃ険しいんすけど。どないかしたん」

「え?あー…」


お前のことで悩んどる、って言えたらいいけど、
もちろん言えるはずもない。

ベッドに寄り掛かって座る俺を、光はまっすぐに見つめてくる。
どうするか逡巡して、咄嗟に愛想笑いを浮かべる。


「ーべつに、なんもないで」

「…ふうん」


単調な切り返しにほっとしつつ、こないだからどこか
ぎこちない(ように感じる)この空気が、きっと俺の杞憂じゃないのも確かだった。

普段からお互いに直球でものを言い合うくせに、
慣れない恋愛話となるとそうもいかない。

今日もこのままスルーしていくかな、と頭の片隅で思い、ひとつ息を吐く。


ギシ、と光が座っていた椅子が軋み立ち上がる気配がする。
そのまま迷いなく歩み寄ってきて、俺の前で止まった。

見下ろす態勢の光の顔は、いつものような無表情。


「…どないしたん?」


さっき自分がされた質問を、そのまま相手に返す。

互いに腹のうちを探り合ってるこの状況は正直好きじゃないけれど、
かと言って、何をどう切り出すのが正しいのか俺には分からない。


「ーー謙也さん」


少し掠れた声で言い、光は俺の前にしゃがむ。

口が悪くてポーカーフェイスで、
普段から人を小馬鹿にする態度の光が、いまは何だか歳相応に幼く見えた。

それが無性にいとしくて、俺は意識せずに手を伸ばす。
俺より少し色白のすべっこい頬っぺたに触れると、
薄紙に絵の具を散らしたみたいにぱっと朱がさして、長めの睫毛が震えた。


「はは、光かわええ」

「……アホ言えや」


いらついた声音で睨んで、今度は急に前から抱きつかれ思わずうおっと声がでる。

俺よりも10センチくらい小さい光の体は
それでも成長途中の男のもので、力だってそこそこ強い。
勢いよくしがみつかれれば、背中にベッドの端があたって地味に痛かった。


「っ、こらお前、いたい」

「…謙也さん」

「ーーなんや」


首筋に埋もれた顔を起こし、こっちを向いた光の目は涙じゃないなにかで潤んでいて、
目尻の朱さは照れているだけではなくて。ごくん、と喉が鳴る。

なにを言いたいか、伝えたいか…したいのか、
全てを悟ってしまったのに、未だ言葉が出てこない。


「ー謙也さん」


それは俺だけではなかったのか光も名前を呼ぶばっかりで、他の単語を発さない。

大人びてみえても年下なんだと改めて思い、胸のあたりがむず痒くなる。
黙って顔を近づけると、光は一種泣きそうな表情を浮かべ、少し戸惑いつつ俺にキスをした。


当然ながら、仮にも先輩だから…と言っても全く余裕などない。
なにせキスだって初めて、なんだから。

みたことないものを味見するように、光はそっと唇をあわせる。
思いの外、やわらかい。握りしめていた拳を解き、ゆっくり光の背中に腕を回した。

常にないぐらい光の体は熱くて、
俺のせいで体温を上げているんだと思えば、嬉しくなった。


「っわ!」


しかしいきなりTシャツの中に入り込んだ熱い手の平の感触に、驚いて重ねた唇が離れる。
はずみにちゅっ、と音がして、反射的に見つめあってしまい後悔した。

こういう時はいっそのこと相手に流されたほうが楽で、
我に返ったらいけない…なんて今頃気が付いても遅い。

光は眉間に皺を寄せ、唇を尖らせて睨みつける。


「…今更、何なんすか?」


刺すような声音に情けなくも怯みつつ、
まぁここまで期待(?)させといて寸止めは酷いとは思う、けど。


「……や、いや、いきなりそのー最後までは、ちょっと…」


途切れ途切れの言い訳に内心「どこの乙女やねん俺!キモい!」と全力でツッコむ。

黙り込んだ光にも謙也さんまじキモい、とかゆわれる気がして
違う意味でどきどきしていると、光は俺の腰付近で動きをとめてた手をあろうことか、
ズボンの前に持ってきた。予想外すぎて、咄嗟に対応できずに目を瞠る。


「!!!おま」


「…誰も最後までや言うてないやないすか」


いつも通り淡々とした口調、だけど
若干声のトーンが高く早口なのは、おそらく気のせいではない。

なんか急に嫌な汗が出てきた。
こういうのってもっと雰囲気とか…まあ求められたところで応えられないが。

緊張感なく考えてると光の手の平は力の入らない俺の腕を避けて、
なんの迷いなくベルトをはずそうとしてきた。


「ひ、光!」

「ーさわるだけ、やから…」

「は?!」


反射的に聞き返した俺に、俯いていた光が顔をあげる。
不満さを前面に押し出してはいるものの、切羽詰まっている感は隠しきれてない。

躊躇した末に、こうなったらやったもん勝ちと言い聞かせて
同じように相手のベルトに手をかける。


「……っ!なん」

「やったら、俺もさわったる。一緒にしたらええやろ」

「な…」


口を開けてさっと赤くなる光を見たら、もしかして何気に
自分はすごいことを宣言したんじゃないかと思ったが、発した声は取り消せない。


いい加減考えこむのを放棄すべく、相手より先に行動を移した。
がちゃがちゃ音をたて、光の好きな何ちゃら言うブランドの白いベルトを外す。

向かい合って座ったこの姿勢はこのままいくとお互い
かなり恥ずかしいことになるとは思った。が、今や引き下がるという選択肢は残ってない。


ひとつタガが外れてしまうと引くことを知らない俺らは、
妙に負けん気の強いとこが似ている。

競って下を脱がしあってからくつろげた前に並ぶ
ふたつのそれを見て、羞恥よりも先に軽く目眩がした。


「え、えぇー…」

「ーたってるやん先ぱ」

「やかましわ!お前もやろ!」


そりゃ、仮にも好き同士であんな風な初キスしたら、
いろんな意味でいろんなとこがドキドキなるに決まってる。
まさかこうなるとは夢にも思ってなかったけども!

状況としてはものすごくいやらしいのに、なんか…今ひとつ実感が沸かない。


「・・だって」


すぐそばで光が呟く。
いまだかつて聞いたことないぐらい殊勝な声音。


「好き、なんすわ…謙也さん」

「…っ!」


耳に吹き込まれたせりふにぐわーっと全身の血が沸騰する。
いきなりすぎて思考回路が破壊された。

どっちともなくまたキスをして、
光がもっと体を引っ付けて俺の性器とくっつけた。


「ん、っ…!」

「わ…すご」


ドクドクゆってるリズムが下半身から頭のてっぺんまで伝染する。
更に重ね合わしたそれを光の手が握った。


「あ、わ、ひか」

「…謙也さんも」


さわって。完全に熱で浮かれた目をして、光が唇を動かす。

おかしい…おかしい、おかしい。
冗談みたいだったのがいつの間にか、空気変わってる。

なけなしの勇気でそっと手をのばして触れたそこは
めちゃめちゃに熱くてしかも濡れてて、情けないけど恥ずかしさで泣きそうになった。

完全にフリーズした俺をよそに光はゆっくり指を動かしてくる。
感電したように(したことないけど)ものすごい感覚がして、脚が思いきり跳ねた。


「や…っ待」

「無理」

「ば、あほ…っ」


ねちねち擦られてると次第に先のほうがヌルッとなってきて、嫌でも
やらしい水音と互いの荒い息ばっかり耳に届く。声が出そうなのだけは必死に堪えた。


「…はぁ、ふっ…、ふ」

「ー謙也さん、涙目や…かわええ」


さっきのお返しとばかりに揶揄する光に歯向かうゆとりなどなく、
上がりかけるへんな声を我慢するのに精一杯。

だんだん近付く限界だけ妙にリアルにカウントダウンをはじめる。

それを察したのか相手も同じなのか、今度は添えてるだけの俺の手ごと
たちあがった性器と一緒に扱きだした。


「っあ!ーや、あ、あか」

「出して…先輩、一緒に、」


吐息まじりの声からはいつもの余裕なんて消し飛んでいて。
思わず近くにあった相手に誘われて顔を寄せれば、強引に唇で封じられた。

手の動きと同時にあわさった下半身はぐちぐち鳴って、頭の中が真っ白になる。


「んん、ーっ!あ、あッ!」

「…っ、は」


びくん、と大きく震えて手のひらで包んだ自分の性器から白濁が飛ぶ。
少しだけ遅れて、相手も射精した。

触れた指はもはやどっちのか分からなくなった精液でぬめっている。




「………はあー」


しばらく完全に放心状態だったのが、
光がティッシュを続けて抜きとる音でようやく意識が戻ってくる。
間髪入れず、正気に戻ったのを後悔した。

見下ろす下半身はえらいことになっていて、
恥ずかしいのを通り越してこの場から溶けてなくなってしまいたいと本気で思った。








「………はあぁ」


さっきから何回、こんな重い溜息吐いたかもう分からない。

あの後、無言で後処理をしてから、
してるときとは別人のように口数の減った光と二人して
しばらくぼんやりしたあと「ほな、また明日」とか言い残して普通にうちまで帰ってきた。

そんな俺に対して光は黒目を大きくして「はあ」と言っただけだった。


「また明日、とちゃうやろ、俺…」


ベッドに埋もれてさっきから自己嫌悪の繰り返し、無限ループ。

嫌がったところで普通に明日は来るし、光とは朝から部活で会う。
どんな顔して会えばいいのかまったく分からない。かといって、こんなこと誰にも相談できない。


しかも・・・先の方に自分がイったから、相手の反応とかは正直よく覚えていない。
多分、年上のくせにあいつの気持ちよいことはなにもやってやれなかったのは確実。

仰向けに寝て、右手の平を掲げる。

もうすっかり綺麗なはずなのに、いまだ数十分前の熱い粘液が絡まっている気がして、
あまりのいたたまれなさに一人で悶えた。


淫夢でも、妄想でもない。
あの感触も、声も、熱さも、すべてが現実に起こったことだ。



「これで嫌われたら俺どないしょう…」


横向きになってぽつっと呟き、眼窩がジン と熱くなる。
今日はどんだけ女々しいんや俺、と心のなかで思い切りつっこんだ。



そのとき、枕元で携帯が鳴って体がびくつく。
短いバイブ、メールの送り主は見る前から見当がついた。

起き上がって恐々、パネルを開く。
場合によっては軽く泣ける、そこまで思い詰めて 確認した内容は。


「…っ、あの、アホ…!!」



返事を打つのももどかしくて電話の通話ボタンを押す。
数分後にもう一回、浪速のスピードスターが家を飛び出すことになるのは、たぶん必然。





END

ひかけんのはじめて大人の階段のぼる話、またの名をひかけんのねちっこい話。
いろいろ中途半端でごめんなさい。にしてもけんやせんぱい超よわい・・!なにこれ!(笑うしかない)
思春期にブンブン振り回されるひかけんてイイね!ていうかサカってる財前てイイね!という個人の妄想からこうなりました。
無駄に長いですね・・まとまってない。でも書いてて凄く楽しかったです。最後のメールはご想像にお任せです。
21/04/15