昔から、どうでもいい予感みたいなものはよく当たった。
クジや試験のヤマなんかはいつもはずれるくせに。

その日も、普通に家までの帰り道を歩いていただけだった。
途中、妙に気になるものを見つけてしまうまでは。




「…ん?」


部活後、同級生の部員とわかれてしばらく。
道の脇のごみ置き場に、不自然なほどにきれいな箱が落ちていた。

というより、むしろ誰かが意図的に「置いて」いったというようにも見える。
ごみの回収日ではないから周りには何もなく、さらにそれを目立たせていた。

歩みをとめて、上から覗き込む。
するとどうやら箱は逆さになっているようだった。

風雨にさらされた感のない真っ白さは、最近ここに置かれたに違いない。
ーただ、朝の通学時間にはこんなものはなかった。


「…?何なんやろ」


呟いてもそこには自分しかいない。
逡巡して、少し辺りを見回す。
好奇心が沸く、なにか起こるような、胸騒ぎがする。

しゃがみこみ、気付けば両手でその箱を持ち上げていた。
すると、
がさり と音をたててなにかが飛び出して突然こちらに向かってきた。


「っ、わぁ!」


思わず悲鳴をあげ、肩にかけた荷物の重みもあって尻餅をつく。
はっとして見ると、脚の間に黒い毛玉みたいな小さいかたまりがあった。


「……ネコ??」


確認するように声にだせば、
そのかたまりは黒い毛にふたつついたグリーンのまるい目をこちらに向けてにゃあ、と鳴いた。
一気に力が抜けて深いため息がでる。


「何やぁ…ちょっと未知との遭遇とか、キタイしたのに」


別に超現象に特別興味があるわけでもない、
けれどなにか起きないかと刺激をもとめる自分にとって、
正体がただのクロネコだったというのはがっかりだった。

すっかり落ち着いてから身体をおこす。
立ち上がるとネコがじっと下から見上げている。

…ふと考えたら、もしかしてこの頑丈な箱をかぶせられていたせいで、
このネコは身動きがとれなくなっていたのではないか?だとすれば。


「ーおれ、お前の恩人やん」


上から見下ろして少し笑いかけると、
ネコは大きな無機質の目をして、またにゃあと言った。長い尻尾がピンと立ち上がる。

そして、制服のズボン越しの脚にぐるぐるとまとわりつき、顔を擦り寄せてきた。


「…何やもう、甘えて」


くすぐったさに笑いながらも動けずに、しばらく動向を見守る。
上目遣いで三回目ににゃああ、と鳴いたころには、すっかり愛着がわいてしまっていた。




抱いてやったでもないのに、ネコは一定距離を保ったまま勝手にうしろからついてきた。
だめもとで親に「飼いたい」と言ってみると今までペットが欲しいなんて
言ったことはなかったから一瞬おどろいた顔をされたものの、意外にすんなりOKが出た。


自分の部屋のドアを開けてやると、
ネコはすたすたと入りこみ、辺りを観察するかのように歩き回りはじめた。

制服からTシャツに着替えてベッドに座ると、
ひとしきり室内を物色し終えたネコもぴょんと横に飛び上がった。
そっちを向くと、ネコの目もこちらを見ている。

なんとなく、ノラネコは最初はあまり人に懐かないものだという先入観があっただけに、
このネコの向けてくる焦がれるような視線は新鮮だった。


「そないに好きなん、おれのこと?」


冗談まじりに言いながら、初めてその毛並みに触れてみる。
短い黒い毛はノラとは思えないほどさらさらして気持ちがいい。ネコも、逃げずにじっとしている。

ひたすらに撫でていると、
ふいに三角に尖った耳の先にあるものに気がついた。


「ん…?なんや?」


嫌がられないようにそうっと触って確認する。金属のまるい、冷たいものーー、
裏側にも触れて、ようやく確信した。


「ーピアスか、これ…」


まさか、とびっくりしたものの、形状は間違いなく人間用のピアスだった。
抜けてしまわないよう小さなキャッチまでついているから間違いない。


「誰やねん、こんなん…何でー」


とってやろうと再び手を伸ばしたら、さっきまでおとなしくしていたネコが
急に抵抗するように首をよじらせた。
小さいときに悪戯でつけられたものだとしたら、
今更になって取られるほうがイヤかもしれないと思いもしたけれど。


「もしあとで痛なったら困るやろ?」


宥めるように言って半分身体で押さえ込む。
多少爪が腕を掠めたが堪えて粘ってようやく、利き手がピアスのキャッチを探り当てた。


「よっしゃエエ子やからじっとしときー」


慣れない手つきで小さい子をあやすみたいに
暴れるネコを抱え込んで、シルバーの飾りをそっとはずす。

ほっと息をついたその時、急に視界がぐらっと揺れたような錯覚がした。


「…っ、なんや…」


気持ち悪さに思わず目をギュッと閉じる。
つい抱きしめた手の中のやさしい毛並みが少し震えて、途端にするりとぬくもりが抜け落ちる感覚。

ジェットコースターから急降下した目眩からはっと目が醒めて、瞼をひらく。
腕の中にネコはいない。

ただ替わりにーー



「………え」



目の前、自分のすぐ隣に見知らぬ人間がいた。
歳はおそらく同じくらい、真っ黒の短い髪に真っ黒のシャツとデニム、
暗く緑がかったふたつの瞳が微動だにせずじっとこちらを見ている。

両耳にたくさんのピアスがあいていて、こんな状況にもかかわらず何となく痛そう、と眉を顰めた。
沈黙と静寂を破り、その人物は左手を自身の目にかざしてから大仰にため息をついた。

それを見てようやく事態の異様さに気付き、がばっと立ち上がる。


「…だっ、誰やねんお前ーー!」


オーバーに指差して確認すると、
めんどくさそうな視線が「なにを今更…」と言わんとしているのを悟った。
遅れて高鳴ってきた鼓動をおさえて頭の中を整理する。

消えたクロネコ、現れた少年、そして朝から感じた第六感ー。


「…お前、さっきの…ネコ??」


問い掛けに短く頷き、欝陶しそうに顔を歪める少年。


「ーあんたがそれ、はずすから」


思ったより柔らかい声で彼(元ネコ)がさすのは、
いまだ手の平にあるシルバーのピアス。

にしても人の言葉が話せるのは助かった、もしニャアしか言えなかったら
意志の疎通などはかれないところだった。無駄に冷静にそう思う。


「こ、これはずしたらヒト型になってまうの…?」


こくりと頷き、左耳の一番下になにもついてないピアスホールがあるのを指す。
しばらく黙ってぼんやり座っている相手に倣って、自分もひとまずもう一度腰をおろす。

なにか、ものすごいことが起こっているはずなのに、
当の本人があまりにも淡々としすぎていて実感がいまひとつ湧かない。

何より、さっきまでのネコだったときの人なつっこさに比べて、
今のふてぶてしさが同一人物だというのが納得いかなかった。


「…な、んでおれについて来たん?」

「ーー別に…雨風しのげるなら誰でもよかったんで」


自分が特別に選ばれただとかそんなファンタジーな答えは期待してなかったものの、
適当な返事に加え欠伸までかまされると、あまりの愛想と可愛いげのなさに悲しくなってきた。

さっきまではあんなに懐いていたくせに、
これではまるで別人である。


「…ネコんときのがよかった。可愛かったし」

「あんたが勝手にとったんやろ、ピアス」

「ーーーそらまぁ、そうやけど…」


そうとう不服そうに見えたのか、
元ネコは諦めたようにそっぽを向く。

いまさらだが、よくあるようなネコ耳とか尻尾みたいなものはひとつも残っていない。
しかも話せば同じ関西弁。
知らずにみれば、ほんとうに普通の人間そのものだった。


「気にいらへんのならまた、捨てたらええやん」


気味悪がられんのは慣れてるし。
視線をそらし、半ば消えかけの声で吐き捨てられたせりふに、目が丸くなる。

確かに、ただのネコではないことは分かったし…
否、正直ことの重大さは分からない。
けれど。


「ー…そうは言うけどお前、さっきゴミ置き場で箱かぶされて出られんくなってたやん」

「…!」


素朴な疑問を投げ掛けると斜めに構えた肩がぴく、と揺れる。
わずかにだが、バツが悪そうに歪んだ表情を見逃さなかった。


「そんなドジな子もっかい外にほり出すやなんて、おれ出来へんわ」


身を乗り出して笑いかけると、相手はムッとしたようにしながらも何も言い返さない。
少しだけ色白の耳が赤くなって見える。


「(…あ、やっぱし可愛い…ん、かも)」


同じ男の人間にたいする感想としてはおかしい気もするが。
ネコでも人間でもあるという特別ないきものも、自分と同じように照れたりするのが可笑しくて、愛しかった。


「なあ、てことはピアスはめたらネコの姿にも戻れんねやろ?」

「……はぁ」

「ほな問題あらへん!」


ぶっきらぼうな態度も、段々と生来こんな性格なんだと分かってきた。
ニカッと笑えば、相手は面食らった表情をしてから小さく息を吐いた。


「…変やで、あんた」

「ユウジでええで。お前は?名前なんてゆうん」


少し間が空いた。それから、ゆっくり緑の目がこちらを向く。
体を乗り出すと相手からは日向のような匂いがした。
薄く開いた口からのぞく歯は、やはり自分のものより若干鋭いように映る。


「…光」


端的な自己紹介に吹き出しそうになったのを堪える。
口の中で名前を一度、繰り返した。



こうして、珍しい相手と一緒の生活がはじまった。

ーー正体はもちろん、自分しか知らない秘密だ。



END
まさかの獣化です。しかも擬人化(?)もします。パラレルというか何なんでしょうこれは!
もう言い訳さえ浮かばない・・書いてる人は楽しくて一気にできちゃったよ。しかもこれ続く気マンマンだよ。
さらにパラレルが暴走する予感です。そしてまぁおそらくこれのネタでEROSもかくと思います・・・うん、黙ります。すいませんでした。

20/6/29