前々から思ってることがあった、きっと二種類いるのだ、と。
普段あほなことばっかりやってても本当はかしこい人。
同じようにあほばっかりやってて、その実本当にあほな人。
その二種類。
誰がどっちに当て嵌まるかなんて、どう考えても一目瞭然。
身近にそんな二人がいっぺんに揃うのもまた珍しい話かもしれない。
その日、さきに会ったのは、後者に当て嵌まるほうの人だった。
てっきり誰もいないと思って開いた部室のドア。
夏の日差しからは逃がれられたものの、
もやっとした空気がこもる室内に一瞬、人影がみえたような気がした。
「…あれ」
口の中でつぶやいて、髪の生え際を伝う汗を指で拭いついでに
耳を塞ぐイヤホンを片方はずす。
ぶら下がった左から漏れ出す重低音に反応したのか、
今度こそ薄暗い中で誰かが動いた。
「…あれ?携帯…」
「……ー何してんですかアンタ」
呆けたようにむくりと長椅子から起き上がった後ろ頭は、
ひとしきりキョロキョロ回りを見渡してから、ようやくおれのほうを振り向く。
変なふうについた寝癖も相俟って、いつもよりさらにアホヅラに見える。
「あれ…、いま俺の携帯」
「ーちゃいます、おれのんです」
ホラ、とまだ音を撒き散らしてるイヤホンを摘んで見せると、
その人は猫みたいなきつい吊り目を一瞬瞠り、ああ、と言った。
「…ほんで、何しとるんですか?」
こんなとこで、と暗に付け足すと、相手は口を開きかけて、
やっぱり止めたとばかりにぱくんと閉じた。
ここは部室で相手は一応部活のセンパイなんだから
本当なら何してるもくそもない…が、誰より先に来てるくせに、
こんな暑い室内に制服のままぼんやり寝ている理由なんて分からない。
本来ならもう着替えてアップでもしているハズ…
そう。いつもの、ダブルスペアの相手と一緒に。
「今日小春先輩どないしたんですか?」
いつもニコイチセットなのが片方いないと違和感がある。
他意なんかなく、つい素朴な疑問を投げかけてから、荷物を自分のロッカーに放り込む。
…その途端、平穏だった空気が一気にかわった。
ー例えるならこう…、澱んだ?
「……知らん」
また背中を向けて、返ってきた言葉はミュートに近い小声。
「ー知らんて…教室一緒やのにンなワケ…、」
そこまで聞いてからしまった、と思う。
早くもおれはNGワードを発してしまったらしい。
普段の部活のときにはウザイぐらいテンション高めのこの人が
こんなに大人しくなる原因を、おれはひとつしか知らない。
表情は冷静なまま、これみよがしに大きめのため息をついた。
「…大会前の大事な時期に痴話喧嘩とか、マジでやめてくださいよ」
心底、呆れ果てた声が出た。
と同時にガッと噛み付くいきおいで相手がこっちを振り返る。
「うっさい財前!あほ!」
あほと言われても…と思いながらも言葉にならずに黙りこくると、
追い打ちかけるように「お前、ほんまKY!」と怒鳴り、ぷいとまた背を向ける。
…いや空気は読めてたけど先輩に気ぃつかう気分になれへんかっただけですわ……
とはさすがにさらなる悪状況を招くから、言わないけれど。
でも否定しないのはつまり、大方正解ってことだ。
どうせ原因はまた言われもない(多分)浮気疑惑だろう。
ここまで分かりやすくテンションのハイとロウの高低がある人をほかに知らない。
悪くいえば酷い気分屋、よくいえば…感情表現にたいしてとても素直。
理由は知らないけれど今日は限りなく底辺に近いロウらしく、
本来ならおれより(かろうじて)高いはずの背が、ずっと小さく見える。
暗い。ウザイ…。しばらく沈黙して、悩んだ末に先輩の横に腰をおろした。
こんなときにかぎって、なかなか部室には誰も姿を見せない。
「…おれは悪ないねん」
ふいに聞こえたくぐもっているた小さい声に目を瞠る。
さっきまであんなに怒ってたくせに、今度はフツーに話し掛けてきた。
もうこの人の中ではさっきのおれの失言なんて過去のことらしい。ポジティブすぎる、多少わけてほしいぐらい。
「喧嘩の理由はともかく向こうも自分は悪ないって思てるんやったら、いつまでも仲直りできませんよ」
「…ええねん、仲直りできんでも」
「ほんまですか?」
「…っさいな、おれは謝らへん!」
いつまでもオチの見えない非常に低レベルな押し問答に、心の底からため息がもれる。
会話が成り立たない。これでせめてこの先輩が女子なら…
もしくは先輩の言っている相手というのが女子であってくれるならいいけど、
…どっちも男だから、救えない。
どうしようもないと切々と考えていると、先輩が急に顔をあげた。
やけにキランと輝いてる瞳に、イヤな予感を覚え身構える。
「しゃあないからつぎから財前と組むわ」
「…ちょ、勝手に決めんといてください」
「イヤや、もう決めた!」
こうなると幼児より融通のきかない相手を宥めすかすのは本来おれの役目じゃない。
今回のややこしい事態の発端になっている先輩か、副部長かケンヤさんの仕事だ。
そもそもおれはどちらか言うと常識が全く通じないこの人が前から苦手で、
今日みたいに二人っきりでもなければこんなに長く話すこともない。
この人だっておれのことなんかどうでもいいはずなのに。何故今日はこうも絡んでくるのか。
「おれ相手やったら小春先輩としとるようなダブルスはできへんっすよ」
それでもええんですか?と、畳み掛けて駄目押し。
部活関連の用じゃなしにおれたち二人が話すことなんて皆無に等しい。
その証拠に、おれはいわゆるこの人のプライベートとか何にも知らないし、きっと逆もそうだ。
しかしこう言ったらなんだが、目の前のこの人よりも頭の回転速度には自信はある。
何て言えば暴走をとめられるかぐらい簡単だ。
案の定、先輩は拗ねるように押し黙った。
「……お前、おれのこと嫌いやろ?」
「んなことないですよ」
適当に相槌を打ち、視線を逸らす。そんなことどうでもいい。
すると急に先輩はおもむろに身体ごとこっちを向いて、
伸ばした両腕でおれの肩をがっちり掴んた。向かい合う姿勢になれば、互いの両方の目がばっちりと合う。
普段より接し方の冷めた温度に気付かれたか。
つい目を細めたおれに、先輩は真顔のまま一言。
「ほな、好きなんや?」
「………」
…今ほんとに頭クラッとした。この人はなにを言い出すのかいきなり。思考回路がまったく読めない。
絶句したおれの沈黙をどうとらえたのか、
先輩は心なしか上から目線で嬉しそうに囁いた。
「好きやから虐めんねやろ?さては愛情の裏返し、ってやつやな?!」
…思わず素直に「あんたウザすぎる」とどつき返してやりたくなった…が、
ただ普通にけなすより、ふいに遊んでやりたくなった。
「…はぁ。気付かれたんやったらしょうがないッスね」
微妙に口元を笑いの形にかえて、
肩を掴む相手の手の上に自分の左手を重ねる。
きょとんと丸められた目をじっと見つめる。…思えば、この人をこんなに至近距離で見たのは初めてだ。
下から覗きこむようにさらに顔を近づけると、一瞬相手が怯んだのが分かる。
「ーーハイ。おれ先輩のこと好きっすよ」
「…えっ!!!」
追い打ちをかけるべく囁けば、短く悲鳴をあげたあと
肩におかれた手がだらん、と下に向かって垂れた。
ぽっかり開いた口が笑える。ーーなんちゅう顔しとんや。
込み上げる笑いをどうにか抑える、一ヶ月ぐらいは軽くネタにできそうだ。
もうやめとこうと思う反面、もっとやってやろうという思いが勝る
。黙って固まってしまった先輩の顎を、指でくっと持ち上げる。
「ほなダブルス結成記念に、キスしましょっか」
「……っ!なん…ざ、財前なにゆうてんのー!やめ」
心なしか頬を赤くしてうろたえる先輩の台詞は、完全に無視する。
今度はこっちから相手の肩をつかんで身体を乗り出す。
すると前に出たぶんだけ後ろに反って逃げられる。あほな先輩が、テンパッている。
「ちょーホンマっじ…冗談キツイで、なぁ!」
「冗談ちゃいます、おれ本気なんで」
なるたけ真剣っぽく低い声を出す。
普段こういう悪ふざけはしないおれを見てオロオロする先輩は、寝汗と冷や汗でじっとり汗ばんでいる。
「ーユウジ先輩」
名前を呼んで、いっそう顔を近づける。
それこそ、間近に息がかかるぐらい。
あと10センチってところで、そろそろ終わりにしようかと思った、その時。
「…っ」
半泣きのアホ面だった先輩が、ぎゅっと目をつむった。
同時にとじられた唇は少しだけ開いている。
逃げるどころか、拒否するどころか、見構えている。
思わず身動きがとれずに、数秒固まってしまった。
何だ?この状況…
「(マジかよ、何でや…ちゃうやろ)」
本当に、本当にこの人が求めてるのは、おれじゃないだろう?なのにどうして。
「…っくそ、」
自分から仕掛けたくせに、ひどく苛々した。
胸の奥につっかえるこの感情の正体はなんだ。
身体の芯がジンと痺れたように震える。血の気が一気に頭のてっぺんにまで昇っていく。
弾みで気付けば、左手で相手の後頭部を髪ごとわしづかみにしていた。
「ーッ、いった…」
くしゃっと歪んで開かれた黒目に映る自分は最悪な顔をしてる。
嗚呼、これだからあほを相手にするのは嫌いだ。乾いた笑いが浮かぶ。
「ーー先輩、キモいっすわ」
「………!!!」
その一言で、みるみるうちに先輩の顔は羞恥心と怒りで真っ赤になった。目は真ん丸。
さすがにからかわれたのだと察したらしい。
「へえ、まじで誰でもエエんすね」
「…ーさ、最っ低や、お前…!」
さっきまできれいに整っていた表情が、今は唇までわななかせて震えている。
声も低い、少しも怖くはないけど。
「嫌いです、あんたなんか。」
ハッキリ嫌いだと口に出すと、今にも殴りかかってきそうな剣幕だったのが
捨てられた猫みたいな目の色にかわる。
好きだと言えば動揺する、嫌いだと言えば悲しがる。どうしてほしいんだ?一体。
それよりもさっきからおれの身体中につのる、この苛々は何なんだ。
「いっつも、おれのことやなんて見てないくせに。どうでもええくせに」
「……」
「なんでキスされかけて逃げへんのや?あんたはー、あんたの好きなんは」
「財前」
つらつら口をついて出るせりふを止めたのは遠慮がちな先輩の声だった。
伸ばされた手が穴のあいたおれの耳に触れる。触れた手の平は汗で湿っていた。
「お前、おれのこと好きなんやろ…」
躊躇いがちに問う言葉は確信を持っているかのように心臓まで突き刺さる。
薄く笑う顔に腹がたったから、その唇に獣みたいなキスをしてやった。
ああそうだよ妬いてんだ、あんたの1番になりたい。終わってる。
そのあほな頭がおれのことでいっぱいになるまで。
だから、おれだけを見ろよ。
純愛ゲーム
END
最初に言っておく、ギャグのつもりだった(本気で)気付けば財前がなんというツンデレラ・・・という話に。え?違う??
財前は小春にべったりなユウジを見るたびムカついてた。それと同時に気にしてないフリしてめっちゃユウジのことが気になってた。
それを財前は無自覚で、なのにじつはユウジは財前の視線の意味を察してた。みたいな・・意味分からない。私も分からない!
このあと部室でディープキスまで発展しかけた時に入ってきたケンヤと白石に2人とも制裁される というオチです。ギャグかよ。
20/6/23