瞬きより長めに目をとじて、殊更ゆっくり開いてみる。
これはもしかしたら夢なんじゃないのか、と思ったから。


ーーでもどうやら、そうではないらしい。


そもそも夢であるとして、どうしてこんなことが想像できる?
…うん、考えるだけバカバカしかった。現実を受け止めよう。


座ったおれの脚の上に跨がり半分身体ごとのしかかったユウジが、
目をつむり、おれの唇へ一心不乱にキスしている。


後ろには壁、顔の脇には壁についたユウジの両手。
逃げようはない。


脱力したように無抵抗のまま途方に暮れて、視線だけを動かすと
隙をみて開いた唇からぬるりと舌を入れられた。

触れるだけだったのが途端にディープにやらしくなる。
当たり前だけどあったかい。なまあったかい。


「(なん…?この状況…)」


混乱しつつも妙に冷静な頭で、いまに至った経緯を辿る。




春にこっちへ来たばっかり、といっても
二ヶ月経てばだんだんと生活リズムもつかみかけてきた。

テニス部員とも、とくに
レギュラーとは最初よりかは馴染んできたように思う。


ー…ただ
もちろん例外もいて、
そのうちの一人が、一氏だった。


他の皆がいるときはそうでもないのに、
二人きりになるとおれにも分かるぐらい露骨に避けられた。

じり、と距離をとられ、
何か言おうとすると黙って切れ長の一重で睨まれる。


どんなにしても懐かない、気の強すぎる野良猫のよう。
こんなに手ごわいのは初めてだったけど。

何度かチャレンジしてみても、
必要最低限の会話以上に発展したことがなかった。

かと言って引っ掻かれるでも、噛み付かれるでもない。
おれの存在などいないかのように振る舞われるだけ。


「…なんか、要らんことしたっけね?」


考えてみても、誰に聞いても、理由は分からずじまい。
とにかく嫌われてしまっているものだと、今日までずっと思っていた。



なので、
いきなり一氏が一人でおれの教室に現れただけでもびっくりなのに、
続けざま「昼いっしょに食わへん?」などと言われたものだから、
驚きすぎて一瞬声が出なかった。

黙って階段をあがる後ろ姿を追いかける。
なにを考えてるのかはさっぱりだったが、断る理由はないし、
少なくとも自分は相手のことを嫌ってなんかいないし。

仲直り(?)できるんなら良かね、など
安易に思いつつ、屋上までついて行った。




「ー千歳」


給水塔の影で、ほとんど会話らしい会話もないまま黙々と昼食を済ませ、
さてなにを話そうかといろいろ悩んでいたら急に名前を呼ばれた。


「…っ、なん?」


ハッとして一氏のほうを見る。
思えば部活中以外で初めて名前を呼ばれた気がする。

驚きつつも次の言葉をじっと待っていると、
無表情だった一氏の瞳の奥がゆらり、と揺らいだ。

おもむろに立ち上がってーーー
気付けば、この有様…。



真正面の一氏は目を閉じて、どこか恍惚とした表情で舌を絡めている。
いつの間にか両腕は首のうしろにまわされ、すっかり本気のキスの体勢。

当然、力任せに押しのければ済む話だったが、
おれとしては 何故、という気持ちの方が大きかった。


「(……ちゅうか、何ちゅうか)」


別に一氏のことを意識して”そういう”目でみたことはないけれど、
こんなキスをしても嫌でなく、むしろ…気持ち良かった。

さすがにマズイだろうと理性がブレーキをかけたものの、
もしかして欲求不満なんだろうかと少し遠い目をしてしまう。


「…なんや 余裕、ってカンジやな」


ようやく離された唇が目の前で動くのを見て現実に戻ってくる。
よそ事を考えてたのを見抜かれたらしい。

やや不服そうに言うと、一氏は唾液で濡れた自分の口元を乱暴に手で拭った。
えらく挑戦的な態度に戸惑いながらも、心を落ち着ける。


「つまらへん」

「…んなことなか」

「慣れてそうやもんなお前。こういうこと」


聞く耳も持たず 何基準か分からないが自信ありげに断言し、
首にかけていた左手をおろして、指先でおれの唇をつっとなぞる。


「ーー聞いてもよか?何でこんなことするん」


なるたけ感情を込めずに淡々と尋ねる。
一氏は目を瞠り、見たことのない顔で薄く笑った。


「…何でって、おれ千歳んこと好きやから」

「………え」


予想外の答えに言葉を失う。
というか一氏は小春ちゃんが好きだったんじゃないのか。

動揺するおれに、相手は目を吊り上げてニヤニヤ笑いかける。


「お前ノンケっぽいし、隠さなあかんから離れとこって思とったのに…やたら構うてくるし」

「ーそ、そやったと…?」


まさかあの態度から好かれていたとは夢にも思わず、唖然としてしまう。


距離をとられていると感じた理由は分かったが、
おれはなんと返せばいいのか。

なにしろこっちはてっきり、嫌われてるものだと思っていたのだ。
まさかの告白に頭が付いてこない。


膝の上に座り込む一氏を黙ってじっと見ていると、ふいっと目をそらされた。
気のせいか、少し顔が赤い。
さっき自分から執拗にキスをしてきたときは普通だったのに。


「ーーーせやから、ためしてみてん」

「一氏?」

「もしかしてお前も、おれとおんなじやったりすんのかな、って。けど…」


やっぱ思い違いやってんな、
ゴメンやけど、ぜんぶ忘れて。

早口でまくし立てる一氏に、なんと声をかければいいか分からない。
わずかにその声に、水分が含まれているのを悟った。


「…泣いとるん?」

「…っ!み、見んなや…!」


俯いてしまった顔を覗き込もうと肩を掴むと、
跨がったままの身体がバランスを崩した。

咄嗟に自分の方に抱き寄せると、一氏の身体がびくり、と揺れた。


「……っぁ!」

「…?」


ふいに上がった高い声にもそうだが、
太腿あたりに触れた固いものに気付き、思わず動きがとまる。

位置的に、そして至近距離にある相手の真っ赤な頬から、
それが何かは瞭然だった。


「…一氏、これ」

「……っ」


はからずも耳元でささやくとまた肩が大きく震え、
おれの肩に額を預けたまま手の平で口を覆っている。

間違いなく、一氏のソレは勃っていた。
さっきの長いキスのせいだろうと思うが、今の今までまったく気付かなかった。

しかし一旦知ってしまうとそこにばかり意識が集中して、
足から伝わる熱にこっちまで高まりそうになってくる。

黙ってやり過ごそうとしていると、
一氏が小さくなにか言っているのに気付く。


「…ん、ごめん。ごめんな」

「ーえ」

「気色、悪い…やろ、ごめん…」


ほてった頬と涙のたまった上目で見上げられて、酷く動揺した。

本来なら自分に欲情している同性に対して
抱くかもしれない嫌悪感が、一氏相手には沸いてこなかった。
そんな自分に、対しての動揺。


男が男を好きになるという恋愛があるものだとは
知識として知ってはいたが、そこに自分を当て嵌めたことはない。

けれど。
好きという気持ちを隠そうとしていたこと、
想いを我慢できずに緊張した面持ちで教室に自分を呼びにきたこと。

華奢な肩を抱くと、子供みたいな鼻をすする音。


素直に、可愛いと思った。


「…おれ一氏んこと何も知らんけん、教えてくれっとね?」

「……えっ」


問い掛けると肩口から跳ね上がる顔には涙のあとがついている。
見開かれた目は糾弾されることに怯えきっていて、
それを払拭してやろうと唇を寄せた。


改めてこちらから触れた薄い唇は柔らかく暖かで、
後頭部を支えてやりつつさらに引き寄せる。

ちゅぷ、と音をたてて舌を押し込めば、
かたくなっていた相手の身体から少しだけ力が抜けるのを感じた。

タイミングを見計らい、
熱くなっていた相手の股間をスラックス越しに撫であげた。


「…っあ!」


思った以上に大きな反応を返し、
慌てて身体を捻ろうとするのを空いた片手で阻止しつつまた唇を重ねる。

おれの指先に触れた熱は足に感じるよりずっと高く、
さっきより硬度も増しているようだった。

唇を塞ぎながら制服のベルトをはずし、スラックスの前をくつろげる。
中に指をさし入れれば、既に下着まで濡れていた。
触るほど逃れようとする相手に一瞬動きを止め、
つぎに一息で下を脱がせてしまった。


「や…!」

「ーー大丈夫やけん」


口の端からもれる弱々しい泣き声を聞きながら、
跨がらせたまま膝立ちの体勢にさせる。

ずるっと膝までスラックスと下着を引き下ろせば、
外気に晒された一氏の性器がふるりと揺れる。

未だ抵抗して顔をそむけようとするのを追い掛けて、
もう一度しつこくキスをした。


「あれ。最初の勢い、どげんしたと?」

「…っ」


悪戯に尋ねれば、黙って顔を赤くして肩を震わせた。
すっかりされるがままになっているのが可哀相にもなったけど、


「うーん…おれも気になっとったんかもしれんばい、一氏んこと」

「…へっ?」


ぽつりと呟いた言葉に、
驚愕に開かれた相手の目から涙が一粒零れおちる。

それは慰めのウソなんかではなく、今の正直な感情だった。


あんなに避けられても、話さえしたことがなくても、
どうにかして接したいとずっと思っていたのには変わりはないのだ。

それが一氏の言うような恋だったのかは分からないけれど、
忘れてほしいと言われたとき、ひどく悲しいと思ったのは事実だ。


何より現に、キスをするのさえ嫌ではなくて。
同じ男の身体なのに、ひどく欲を掻き立てられた。


「……気色悪くなんてなかよ」

「ん、や…っ」


言いながらカッターシャツの上から
透けて尖っている胸の突起に唇を寄せ、柔らかに歯で挟む。

微かに震えているのを感じながら、
シャツ越しに舌で愛撫し吸い上げる。


もちろん男としたことはないけど、
何となく、相手の感じそうな場所を探りながら攻めていく。

青空の下で上気する身体はいやに煽情的で、
部室なんかで見るのとはまるで別人みたいだった。


「…っん、や、千歳…っ!も、」


名前を呼ばれて胸元から顔をあげると、
勃起して先端を濡らしたそこは反り立って、今にも弾けそうだった。


一氏はおれがまったく想いに気付かない間、
自分ひとりでここを触って慰めてたりしたんだろうか。

…そう思うと、おかしいぐらい興奮した。
不安げな腰に手をかけ、そっと支えてやる。


「な、一氏」

「…?」

「もっかい好きっちゅうて」

「…ーなっ、」


そしたら達かしちゃる、と付け足すと、
一氏は真っ赤になって口をぱくぱくした。

さっきはあんなにハッキリ言ってたくせに、
今度はなかなか出てこないらしい。

むりや、とかアカン、とか小声でぼそぼそ呟いているのを
手を止めて見ていると、やがて覚悟したように息を吸い込んだ。


「ほら、目ぇ見てゆって」

「…!!お、前…っ」

「な?」


眉を寄せぐっと何かを堪えるように、
一氏はじっとおれの方を見つめた。



「す…好き、や。千歳…」



小さくなっていった声や羞恥で染まった頬、
わななき赤く腫れた唇に、えもいわれぬ感情が沸き起こってくる。

鳴りそうな喉をこらえて笑って顔を近づけると
縋り付いてキスをねだられた。

懸命に動き回る小さい舌がいじらしい。


「…ふ、そんなんされたら、ホントに好きんなってまうよ?」

「え…っ、え?マジで…?」


ぴくん、と涙に濡れた睫毛が揺れ、瞳がまるくなる。
信じられない、とばかりに瞠目しているのが可笑しい。

あれだけ自分から仕掛けておいて、
獲物がワナにかかるとうろたえる。

リアルに徹底しきれない、
そんな普通なところさえ、なおさら愛しくさせた。


「キスだけでこんなんなるほど好かれとったら、嬉しか」

「い、…っあ!」


しばらく放置していた一氏のそこをおもむろに片手で握りこむ。

まさか他人のものを触る日がくるとは夢にも思わなかったけれど、
なるたけ気持ちよくなるようにと意識して擦りあげる。


「っあ、や…、んぁ」


崩れ落ちそうな膝を何とか堪えている様子から、
かなり感じているんだと分かる。
手の平が滴るほど濡れてきた。

広い空に一氏の吐息とぐちゃぐちゃ言う水音だけが響き、
結構…腰にくるものがある。


首にまわされた腕にさらに力がこもった。
限界かな、と思いつつ、ふと頭の片隅で冷静に状況を分析する。

真正面に向かい合った今の状態で出されると、
まず間違いなく、おれは精液まみれになる。

ここが家なら別に問題はないが、さすがに学校でそれは…やばい。
かといって、ここで一氏に我慢しろというのは酷すぎた。


「どうすっとかね…」


ぽつりと呟き、性器の先を撫でるようにいじると、
一際やらしい声があがる。


「んや…やっ、ちとせ…」


切羽詰まった声音で名前を呼ばれ、決意を固めたおれは
そそり立つ一氏のそれをぱくっと口にくわえた。

ーー当然ながら、今まで味わったことない青い味がじんわり広がる。


「…っ!ちょ…?!なっ 何してん…!」


半泣きの慌てふためいた声に
くわえたまま上目遣いで見上げると、
涙と汗に濡れた一氏は青くなったり赤くなったりしていた。

こんな状況だというのにかわいくておかしくて、思わず笑ってしまう。


「…あっ!あ、アカン…も…、っッ!!」

「!」


笑った振動が伝わった弾みのせいか、
口の中のそれが一旦膨脹し、一気に精液を吐き出した。


「ン、」


どくどくと脈打ちながら出てくる熱いものを、ただ無心に飲み下す。

咥内で多量の白濁を受け止めると
喉に絡みつく粘りが気になったが、ここで離すわけにはいかない。


「ーっはあ、は…っ、は…」


全部出し終えて萎えた性器の先端を舌でつつくと、
射精の余韻で虚ろな目をした一氏がはっとしたように体を震わす。

途端、絵に描いたみたいにかあーっと顔から耳まで真っ赤になった。


「ーーあ、い…っ、……ッ、い」


まだうまく言葉が出ないらしく、散々視線を彷徨わせてから
おれにしがみついていたのに気付き、さっと上半身だけ離れる。

ゆっくり顔をあげると、
一氏は一瞬ぎょっとしたように目を開いて、急に手の甲で口元をごしごし擦られる。
…どうやら何か、ついてたらしい。


「いっ、ふぇ」

「…っアホちゃうお前…、アホ中のアホや…!」


ひどい言われように呆然としていると、
膝立ちを崩してぺたんと前に座り込み、拭われた唇を今度はぺろんと舐められる。


「…・・・飲、んでもたん?」

「うん」

「ーーう、わ…あ、ありえへん…」


がくっとうなだれ、おれの肩に額を預けた。
呆れてるのと恥ずかしいのはあるらしいけど、
どうやら怒ってはいないらしい。


「恥ずかしかった?」

「…当たり前や。あんなん…」

「でも、気持ちよかったと?」

「…」


わざと耳元で囁けば、
一氏は黙っておれの後ろ髪をぎゅうと引っ張った。
否定しないのは照れ隠しだと受け取っておく。

背中に腕をまわして抱きしめると、
殊更ぎゅっと抱きしめ返された。


「…おれが一氏を好きんなったら、もっと恥ずかしかことするかもしれんよ?」


少し意地悪に尋ねてみると
ちょっとの間があいて、でもと呟く。


「………好きやから、してもええ」


風で消えそうな小さい告白と赤くなった耳に、笑いが込み上げる。


冷静に考えてみれば、
今は確実に予想だにしない事態になっているのだけど。



術中にはまったのはやっぱりおれのほうなのか、
相手の動きを待ったおれがズルイのか。
正解なんて分からないけど。

少なくとも二人して見知らぬ世界に入り込もうとしてるのは間違いなかった。
それでも。


「じゃあおれんこつ、夢中にさしてくれる?」

「ーーー当然や!絶対好きにさせんで」


確認するように問い掛けると、
一氏は最初と同じようにニヤリと笑って強気に言い放った。


ーーーただ、
もうすでに脳裏に焼きついて離れないような気がする・・っていうのは、
いまは伝えてしまわないでおこう。


もう少し、
「おれのために」がんばる一氏の姿を見ていたい。








END
サブタイトルを考えました。ずばり「ようこそ ガチホモの世界へ!!」>千歳です。
言い訳?しないよ。当初は出だしのガチホモユウジを貫徹させるつもりでしたが、そうなるとチトユウじゃなく
完全にユウチトになりそうだったので、途中で受の子になっていただきました←いろいろまちがっている
わりと千歳がS、ユウジがM・・みたいになった気がします。真性Sな千歳、マイブームなんです・・・!
ラストはユウジもフェ(自重)してあげる予定でしたがさすがにやめときました。続きもできればやりたい、な・・

20/07/25