目を覚ますと、視界にうつったのは
見知らぬ天井の模様だった。
しばらく見ていると、ふいに酷い頭痛に襲われる。
頭が割れそうに重く、耳鳴りまでする。
目を顰めて、ややある違和感も振り切るように再び目を閉じ、寝返りを…打とうと、した。
「(あ…れ?)」
頭の下にあるはずの枕がやけに温かい。
まるで人肌のようなーーというか、そのもののような。
「(……え?)」
呟いたつもりの声は掠れて音にならずに消える。
ガンガン痛む頭を堪えて、ゆっくりと薄く目を開く。
息のかかるほどすぐ近くに、他人の顔があった。
「!!!」
文字どおり絶句して目を見開く。
さきほど感じた違和感のひとつは、
この慣れない腕枕のせいだと気付いた。
否、それよりも。
未だ眠ったままの相手の顔には見覚えがあった。
えらく気持ちよさそうに爆睡しているのを見て、
ふいにゾクリと身体が寒さに震える。
寒気が体調の悪さのせいだけならば、まだよかった。
しっかり引き締まった相手の腕は露になった素肌である。
今はまだ肌寒い春先なのに、だ。
再びの違和感。
「(……ちょう、待て。まさか…)」
反射的に、身体にかかるシーツをばさりとめくりあげる。
当たってほしくない予想の通り、
眼下には一枚の布地も纏っていない己の裸の身体があった。
しかも自分だけでなく、隣の人物までもが。
サッと全身の血の気が引き、
思考と動きが完全に停止した。
薄暗い室内のベッドの下に、二人ぶんの服が重なって落ちている。
思えば頭痛も酷いけれど、身体中の至る所にも疼痛がある。
「(…ーっまさか、まさか…!?!)」
まったく一切記憶にはない、が、
この状況で思い浮かぶ原因はもう、一つしかない。
最後の望みをかけられる相手は、まだすぐ隣で眠っている。
頭と身体中の痛みも忘れて上半身をおこし、
無心に相手の肩をつかんでがくがく揺すった。
「……んんー?」
無言のまま揺すぶり続けると、
鼻から抜ける声が漏れて眉間に皺が寄る。
目を覚まさない自分より大きい男を必死に揺り起こそうとしていたら、
今度はじわじわと吐き気まで込み上げてきた。
「…っ、気持ちわる」
頭を殴られるかの痛みに、
思わず身体から離れて口元をおさえた。
するとその途端、目の前の男の両目がゆっくりと開いた。
身動きがとれないまま、相手の一挙一動を見つめる。
ひどく見覚えのある、
何年か前の姿さえも知っている顔が、ふわりと笑顔を浮かべる。
「…おはよう、ユウジ」
あまりにもあの頃と、
中学の頃と同じ笑い顔にしばし見とれてしまう。
数秒後にはっとして掠れた声のまま、
半身を起こした相手の名前を呼んだ。
「…ち、千歳?」
「うん」
フラッシュバックする
鮮やかな青春時代の記憶は、とりあえず押さえ込む。
穏やかに構える様子はむしろ堂々としていて、
シーツからのぞく褐色の肌などは確実に大人の貫禄を持っていた。
怯んだら負けだと言い聞かせ、本題を切り出す。
「き…昨日って、その…何…」
後半は声がゴニョゴニョと小さくなっていったが、
さすがに伝わったのだろう。
千歳はきょとんと目を丸くすると、
しばし逡巡してから口を開いた。
「…覚えてなかと?」
心底驚いた とばかりの口ぶりに、
これ以上ないほど俯き、小さく頷く。
この状況に至る原因は勿論、
中学を卒業して以来、会ってすらいなかったはずの相手と、
どうして一緒にいるのかさえも記憶になかった。
沈黙に耐え切れず、ついに本題を切り出す。
「……や…、ヤった、ん…?」
蚊のなくような声音で絞り出し、
ずっとそらしていた視線を恐る恐る相手のほうへ向ける。
なにを と付け加える必要もないだろう。
千歳は両眉を垂らして、黙ったまま困ったように笑った。
返事を聞かずとも分かる。確信的だった。
まったく、一切なにも覚えてはいないけれど。
布団にくずした正座の姿勢で座りこんだまま、
膝の上で拳を握りしめる。
頭と身体がズキズキ痛んで、
色々な意味で追い打ちをかけられた。
すると、ふいに正面から
伸ばされた手の平で頬を撫でられ、ビクッと肩が揺れる。
「大丈夫…?」
心から不安そうな表情と声に、よほど自分が
参っている顔をしていると知る。
と同時に、
相手が強姦まがいのことをする人物ではないと思い返す。
労るような触れ方に心を落ち着かせ、
意を決して尋ねてみた。
「…なあ昨日、何があったん。教えて?」
すると千歳は少し戸惑うように視線をさ迷わせてから、口を開いた。
事の発端は昨日の昼過ぎ、
大学のキャンパス内で偶然にもばったり鉢合わせしたことに遡る。
入学してはや2年が過ぎようとした頃になって、
学部は違えど、この広い街の中で同じ大学に通っていたことが発覚した。
久しぶりの再開にしばし盛り上がり、
せっかくなので夜は飲みに行こうという話になった。
そして待ち合わせ時間に現れた自分は、
再開の後に学校でおきた何らかのトラブルでひどく不機嫌になっており、
少量の酒だけで愚痴の演説を始めた…
そこまで聞いて、
すでに不穏な展開を予期し、嫌な汗をかいてくる。
この頭痛は二日酔いのせいだろうと、予想してはいた。
…しかし問題はその後だ。
案の定、歩けないほどに酔っ払た自分は、
千歳の肩を借りて外へ出た。
とてもじゃないが一人で家まで帰れそうにもなかったため、
一緒に千歳宅まで連れて来られた。
それが、深夜0時のことである。
べろべろに酔った自分と、介抱してくれていたほぼ素面の千歳。
覚えてない と言った時と、
昨晩のことを尋ねた時のリアクションを重ねれば、
のちの流れは聞かずとも明らかだった。
「………俺が、襲うたんやな」
記憶は相変わらず戻らない。
が、つい昨日のことさえ思い出せないほどに酩酊しきった頭で、
今と同じように優しくされれば…
そんな奇行にでない、とも言い切れなかった。
がっくりうなだれた自分の様子を見て、
千歳は否定も肯定もせず、ただ言葉を選びながら黙り込む。
やがて閃いた、とばかりに目を輝かせる。
「ーいや、ユウジは悪くなか!」
「…へ?」
「やって、入れたんは俺やけん」
「………」
何をどこに、というのは抽象的にしても、
あまりに自信をもって断言されてしまい、思わず黙って頬をかーっと赤くする。
「……それは、慰めにならへん」
「? そっか。ごめんごめん」
残念、と言って千歳はまた緩く笑う。
なぜだかこんなことにーー
ただの同級生どうしであるはずの自分たちが
越えるべきでない一線を越えてしまったというのに、
相手のの態度はあまりにも変わらない。
それにたとえ自分が酔った勢いで一方的に襲い掛かったとしても、
これだけ体格が違うのだから簡単に捩伏せることだってできただろうに。
しかも自分が「された側」だとしたらなおさら、
そんな行為は互いの同意がなければ成し得ないはずだった。
「…俺が言うんも何なんやけど」
「ん?」
「ーな、んで、…拒否らんかったん?」
千歳は目を丸くして、座っている自分の膝をまるく撫でる。
恋人同志のスキンシップみたいな行動に、いやに胸が高鳴った。
自分から襲っておいてなんだが、
いくら強引に迫ったからといって、どつき倒せば済んだはずなのに、なぜ。
暗にそう告げると、千歳は少しの間のあと、唇を吊り上げて笑った。
「ユウジが、かいらしかったから」
「…へ?!」
まさかの答えに絶句したと同時に、
腰へ両腕を回されてぎゅっと抱き寄せられる。
うわぁと声を上げるも力の入らない身体では抗う術もなく、
そのまま相手の裸の胸に倒れ込んだ。
しばし呆然として、ベッドの上で重なり合う他人の体温から、
たまらなく恥ずかしさが込み上げてくる。
急いで起きようとしたのを、身体に巻き付いた長い腕に阻止される。
何がなんだか分からず身体を預けた状態で、
そっと顔を起こすと、目の前で千歳はにこりと笑う。
「昔っからユウジんことはかわいか思うとったし、拒否する理由なんてなか」
「…えぇ?!」
朗らかに返されて、首を傾げてしまう。
据え膳食わねば…というにしても自分は男なのだし、
好奇心ひとつで簡単に受け入れられるものでもないだろうに。
訝しがる表情に気付いたのか、千歳は何故か小声で付け足した。
「それに、あんなやらしか顔して泣かれたら、どつくなんてできんばい」
「なん…っ!!」
思わぬ発言にガバッと身体を起こそうとするも、
腕に力が入らず再び俯せる。
そんな様子を見ながらも相手は終始笑顔のままで、
もしかして天然のサドなのかと疑いたくなってきた。
昨夜自分がいったいなにをやらかしたのか気にはなった。
が、恐ろしくて聞く勇気が出ない。
ついでに自分がやけ酒に至った原因というのも一切記憶にないが、
敢えては思い出したくはなかった。
この状況を飲み込むだけで精一杯だし、
きっと必要なときになれば思い出せるだろう、と前向きに考えておく。
ともかく今、打開すべきはこの恥ずかしい状況である。
何せまだしっかり腰を掴まれていて、逃れられていない。
「ち、千歳…」
「ん?」
「…離してくれん?ふ、服も着たいし…」
そう言いながら、初めて部屋の中を見回す。
室内はこざっぱり片付いていて、右手にあるカーテンのむこうはもう明るい。
いまが一体何時なのかも気になった。
「あの…色々ごめん、…じゃ済まへん、と思うけど」
詰まり詰まりの言葉を、千歳はじっと聞いている。
さっきの理由がどこまで本気なのかは読めないが、
どちらにせよ迷惑をかけまくったのは他ならぬ自分だ。
小さく頭をさげながら、
いくらか払った方がいいんだろうかと悩んでいると、
ぽんと頭に手をおかれた。
何かと瞬きすると、千歳はさっきより真剣な瞳をしている。
「だけん、謝る必要なか言うとるのに」
「ーーせやけど」
「うーん…じゃあ一つだけ、お願いきいてくれる?」
え、と聞き返せば悪戯に笑い返される。
なにを要求されるのかと身構えれば、
ふいに唇にふれるだけのキスをされて瞠目した。
「ちょっと、順番が逆になってしもたけど、付き合うてみん?」
おれと。
さわやかに言い放たれ絶句したまま固まる。
やがてじわじわと意味を理解して、
身体中の血が沸騰しそうに熱くなった。
「な…、なっ…!」
「多分、昨日会うたんも何かの縁っちゅうやつやし」
「そ…、えええ」
「あ、誰か付き合うとる人がおると?」
「ー…おっ、おらへんけど…」
「なら問題なか」
最初は「おためし期間」でイイから。
そう言って眼前でにっこり笑う千歳からは、冗談のカケラさえ感じない。
話がおかしい方に向かっているのは重々承知している。
ただ、確実に非のある立場にいる自分から、強く言えるわけもなく。
「な。おれのお願い。きいてくれる?」
えらい可愛く下から尋ねられるも、
むしろきく・きかないという選択肢など自分にはなくて。
改めて見る千歳はお世辞抜きでも普通にカッコよく、
さぞかし女の子にもモテるんだろうに何でまた。
「…お前、ほ…、ほんまに、おれなんかでええん?」
「うん。ユウジがよか」
きっぱり断言されてしまい、グラリと目眩がする。
そういえば中学のときから変わったヤツだ、とは常々思っていた気がする。
当時はそれ以上の感情など、抱いたこともなかったけど。
よもや5年越しにこんなことになるとは、誰が予想し得ただろう。
じーっと見つめられて、むず痒い気持ちになってくる。
おかしなことになっている…が、
もとを正せば自分の招いた失敗が原因である。
しばらく低く唸ってからようやく決心し、
返事を待つ千歳に向き直る。
「う…わかった。付き、合う」
言葉にするとより現実的になり、羞恥に転げまわりたくなった。
しかし千歳は嬉しそうに笑うと、両手で自分の肩をぎゅっと抱いた。
「うん。よかった」
ぽんぽんとあやすように叩かれ、
いつの間にか頭痛がましになっているのに気付く。
至近距離から千歳のへんなアルファー波をあびたせいだろうか?
かわりに異様な眠気が込み上げてきた。
「ユウジ?」
「眠たい…」
「昨日は寝たん遅かったけんね」
「………」
なんで、とは聞くまでもなく。あわせて千歳も小さく欠伸をした。
「今日は一緒にお休みしよか」
暗に学校のことを指しているのだと分かったけれど、
言われずともさっき一瞬起き上がったときの腰といろいろの痛みでは、
とても授業など受けられない。
痛みの直接的な原因を作ったのは自分の真下にいる
マットレスみたいなやつのせいなのだけど、もう諦めにも似た気持ちになってきた。
布団から出た肩が肌寒くてそうっと擦り寄ってみると、やさしく手の平で覆われる。
なにも考えないように目をとじる。二人ぶんの心臓の音だけが聞こえた。
「起きたら一緒にシャワーしょうね」
「……いやや」
成り行きどころか初体験さえ覚えていない、
まるで事故みたいな再会。
なのにこれが恋になってしまいそうな予感がするは、どうしてだろう?
やっちゃったパラレル大学生設定チトユウ。すごくBLにありがちなネタ!!友達と再会→泥酔→気づけばヤッてた→なぜか恋愛へ発展 というテンプレート。
いやでも千歳とユウジは大学行くなら芸大だよね、と思う。中学時代、さほど仲良しじゃない二人が、時間を経て再会していろいろあって急接近★みたいな・・・
あれ?私ひとりで暴走してる?大丈夫これ?言い訳はしない。書いてて、楽しかった・・(遠い目)
できればシリーズっぽく続けたい。ゆくゆくはウザいほど甘くなるように・・今回は回避したエロスもいつかできれば・・・
あと誰か当て馬的な登場をさせちゃいたい。・・S石かZ前あたりに(ひどい)最近ちょっとかわいそうなユウジに萌えます。どうしようもない!
20/07/29 |