予想だにしない、再会だった。
まさかそれが、こんな展開を招くなんて。


偶然…成り行き。否定はしない、けれど。


「おれはー…狡か男たいね」


ぽつりと自嘲し、曇天の空を見上げる。
いまにも一雨きそうだ。多分、5分後ぐらいに。


昔もよく当たる天気予報だと重宝されたものだ、そういえば。
部員の輪の中、あいつの姿はあっただろうか。

あのころはあまり、二人で話すことなどなかったかもしれない。


無表情のときと笑顔でひとを笑わせるときのギャップがすごい。
なんて、他人事のように思っていた。


それだけの、関係。


自分の抱く気になるという感情が、
他の同級生にむけるものと少し違っているのに気付いたのは、卒業式も間近のときだった。

それが恋愛と呼べるものだったかどうかなんて定かではないけれど、
もう過去の話だと割り切り、すっかり忘れかけていた。


つい、数週間前までは。




五年振りに鉢合わせた相手はあのころより少し背が伸び、
体の線が細くなって、何より笑った顔が大人びていて。

一気に甦りかけた過去の感情を押さえ込んで、久しぶりとだけ言った。


だから酔って力の抜けきった身体を支えてやりながら、
不埒な気持ちなどいっさいなかった、というと・・・嘘になる。

しかし「数年越しに再会した友達」という関係も大事だったし、
なにより、独りよがりな思いをいきなりぶつけるなどとは考えもよらず。

ともかく早く連れ帰って寝かしつけてしまおう。
そう思って、耳元に届く寝息をシャットアウトし、足早に帰路についた。


そのあと自分が逆にのしかかられてしまうとは、
まさか想像すらできず。

何せ相手は身動きひとつとれないくらいに泥酔していたのに、だ。
ベッドに押し倒され呆然とする自分に、
馬乗りで完全に目の座った相手。


もしかして体格差など無視して犯されるんじゃないかと
冗談抜きで一瞬、そう思った、

ーーーーーしかし。


次の瞬間には、目に涙をいっぱいに溜めた相手にぎゅっと抱き着かれていた。


「ーユ、ウジ?」

「ーーー」


動揺を隠し、名前を呼んでも返事はない。
ただひたすら甘えるように身体を擦り寄せてくるだけ。


鼓動が、早くなる。
忘れかけていた記憶、声、表情、匂い。
ふいに混じるアルコール臭だけが、過ぎた時の流れを感じさせた。

そっと手をのばし、髪に触れる。柔らかな猫毛。
でも体重や骨ばった肩はたしかに男のものなのに、
どうして…こんなにも。


「…ーあかん…よ、なあ」


制止の言葉はほとんど自分へと向けられていた。
とっくに途切れたはずの巡り会わせを、せっかく手にしかけているのに。


「ーーっ」

「…え」


俯いた顔が上がり、相手の口が何事かを言おうと薄く、開いた。
聞き返そうとしたのと唇を塞がれるのと、どちらが早かったか。


「・・・千歳、」


すき間から洩れた切なげな声に、抑制していたものが瓦解した。
そこから先はーーー




「ーッ、いかんいかん」


ハッとして危ない記憶を振り切る。
まだ真昼だというのに、やましい回想をするには早すぎる。


しかし、それにしても。
あの夜のことは忘れようとしても忘れられない。


思考もおぼろげなほど相手が酔っていたのは分かっていた。
目が覚めて「おぼえていない」と言われる可能性だってあったはずだ。

なのにいざ、起きてみて青ざめた顔や自分を拒絶する態度を目にしたとき、
紛れも無いショックを受けた。

先におこる事象を予想できるとしても、何も超能力をつかえる訳ではない。
相手の考えなど、とうてい読めるはずもなかった。


「やっぱしおれが悪い…、よな」


抵抗されなかったとはいえ、
意識のはっきりしていない相手にあれこれしたのは事実で。

いくら誘うようなしぐさを仕掛けたのが向こうからだとしても、
ことに及んだ犯人は意識のあった自分のほうである。


このあいだキスをしようとしたとき、
爪が食い込むほどきつくにぎりしめられた手を思い出す。

さらに、なにげなく触れただけで怯えたようなリアクションを
返されるのは、堪えるものがあった。


だが、相手にとっては酩酊する意識の間に”初めて”(おそらく)を奪われたわけで、
そりゃ身体が強張ってしまうのも当然だ。


相手が自分から逃げないのは、何かしらの負い目を感じているからに外ならないのだろう。
事に至るきっかけを、彼は覚えていないのだから。

分かっていて、相手の手を離してやらずにいるのは自分の我が儘だ。
付け込むようにでも掴んだこのきっかけを、離したくないと願っている。

そして一度許された関係を、可能ならばもう一度、などと考えてしまう自分に、
心底嫌気が差していた。


「…はあ」


こんなことならいっそ叶わぬ思いのままでよかったのに、
などと今更思ってみても手遅れである。

ぽつん、とついに雨が落ちてきた。
大きな窓の外を見上げれば、やがて図書館に湿気を帯びたにおいが充ちはじめる。

ぐるぐる考えこんでいたせいで、手元のレポートも全くはかどらないままだった。

難解な課題より何より、ずっと難解なものを抱え込んでいる。
自分も、相手にとっても。


「ーでも…好いとうよ。ユウジ」


先日、本人の前でつい零してしまった本音を、小さく反芻する。
跳ね返るようにサイレントに設定した携帯のメール着信ランプが点滅した。




傘を開き外に出ると、悩みのタネとなっていた相手が傘を片手に一人で立っていた。
軽く手をふると、それに気付き欝陶しそうに目を細める。
嫌そうなリアクションは毎度のことで、
今日は外に食べにいこう、と誘ってみたところ、わりと簡単にOKが出たのだ。


「ごめん、待たせて」

「…ん、」


怒っているわけではないようなのに、
さっきから刺すような視線を斜め下から感じる。
僅かに首を傾げると、さらにそれを追って目が動く。


「……どうかしたとね?」


耐え切れず、声に出して問う。
ぎょっとして丸まった目のままで、ユウジがためらいがちに口を開いた。


「ーめがね」

「へっ」

「ーいや、初めて、見た。ってだけ」


途切れがちな単語の羅列を脳内で復唱し、
そういえば今日は眼鏡をしていた、と思い出す。
はかどらない課題と不可抗力の悩みに捕らえられて外すのをすっかり忘れていた。

色々な質問や意味を含んでいそうな視線から逃れたくて、曖昧な笑みだけを返しておく。
レンズに少し雨粒が跳ねた。



わりと新しい店内は薄暗く、
しかしカップルばかりという雰囲気ではなかったことに、ひそかに安堵する。

ちょっとした個室のように仕切られているのも何となくありがたかった。
オープンすぎる店だと、普通より高い自分の背のせいで何かと注目されがちなのである。

注文を尋ねられ、迷った末に小さく「…コーラ」と言った相手に思わず噴き出す。
店員が去るなり顔を赤らめて相手が怒鳴った。


「ーな、なんやねん!」

「・・・いやー、ユウジ、まだ酒断ちしとるとや?もー良かね」

「いやや。あかん。飲まへん」


頑なな拒否の態度に笑いながら中ジョッキを頼むと、
目の前からジットリ睨まれる。


「……遠慮なしかい」

「だけん、酔っ払う前に止めたるきに。大丈夫たい」


切られ続けるメンチを避けながら言うと、
相手はピクっと肩を揺らし、更に目を細めた。


「…お前とおるときは、絶対あかん」

「…ーーーあぁ・・」


軽いニュアンスの台詞から、すぐに意味を理解して言葉に詰まる。
同じように軽く返せばよかったものを、お互いに反射的に言葉を失ってしまった。

・・・まぁもちろん、それはそうだろう。

突如訪れた沈黙に、
聞こえなかったはずの雨音が急に聞こえ始めたような気がする。

自分で言ったくせに微妙に気まずそうな相手の態度を見て、
何を言えばいいか逡巡し、話題を変えるべく口を開きかけた。


「ー失礼します」


ちょうどそのタイミングで現れた店員の存在に、おそらく二人してほっとする。
テーブルに置かれた黒い炭酸水を何気なくユウジに手渡す。
ふいに目線を上げ、もうひとつのグラスを受け取ろうとした、瞬間。


「……え、」

「えっ」


短い驚きが声になり重なる。
ワンテンポ遅れてユウジが顔を上げて、
長い前髪に隠れがちなつり目を大きく見開いた。


「ええっ!」


高らかに上がった悲鳴?に迷惑そうに表情を歪める、懐かしいリアクション。

固まったユウジを見て、もはや苦笑いしか浮かばない。
はかりごとでも、間違いや気のせいでもなく、偶然が重なりあった偶然。


「…久しぶりです、先輩」


服装や身長はあのころと変わっているものの真っ黒い髪にいくつものピアス、
何より低く下がった愛想のない声のトーンは紛れも無く、自分たちの中学時代の後輩だった。


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パラレル大学生設定チトユウ自己満足だよ第3弾。千歳サイドです。
過去の恋心に火がついてしまって葛藤する千歳、それに気付かず妙な罪悪感に苛まれるユウジ。
・・・のつもりですけどそんなに重くはないですね…。めがね千歳はただの趣味ですスイマッセン。
し・か・も…財前 出しちゃった。憧れのウェイター財前。ま・・まだ、まだ続ける気ですよこの人!!(白目)
あわよくばこの設定で光謙もやっちゃおうとかそんな魂胆です。ザイユウでなく、ひかけんです。ふはははは(壊)

20/11/15