成り行きとはいえ、今更この状況を後悔しても手遅れだろう。 部屋の隅の派手なソファにそうっと座り、こわごわと膝を引き寄せる。 室内は見慣れないものばかりで、しかも窓の外は初めて見る未知の土地が広がる。 なんでこんなことになったのかー… 足元のボストンバッグを見つめ、溜め息をついた。 高2の春休み。 ぽっかり空いた部活のない連休をどう過ごそう、と零してしまったのが事の発端である。 中学時代から友達…よりも上の関係である相手が、ひらめいたとばかりに立ち上がり、 ぱっと自分の手をとった。 「旅行せんね!」 急な申し出にぽかんとしながらも、 何もせずダラダラしてるよりはいいか、と二つ返事で了解した。 まさかの展開を知るのは、新幹線のチケットを渡されてからのことだった。 「…なにこれ」 「?なにって、乗車券。や〜そろそろ田舎帰らないかん思うちょったけんね〜」 ちょうどよかったよかったとニコニコする千歳を前に、いろいろな思いが交錯する。 一緒に、里帰り…べつにそれが嫌というわけではないのだけど。 しかし最後にさらりと付け足された一言に、瞬時に固まる。 「うちに泊まったらええけん、こん日は誰もおらんし」 「え」 「町内会の行事で温泉行っとるんよ、全員」 「・・ちょ」 「いや〜楽しみばい!ユウジと外で泊まりや、部活の合宿以来っちゃね」 「っ!ちょう待てや、千歳ー!!」 すでに超乗り気の相手はでかい図体ごと浮足立っていて、制止の声など届かない。 もはや計画が流れる可能性は皆無だった。 新大阪から数時間、一時間に一本ほどしかないバスへ発車寸前で駆け込み、揺られること約40分。 ようやく千歳の実家へとたどり着いた。 ふいに前で立ち止まった千歳が、体中のいたるところをパタパタと叩き、首を傾げている。 何事かと見ていると、薄く笑いを浮かべ、なのに眉間に皺を寄せた微妙な表情で振り返った。 嫌な予感が、頭の中を駆け巡る。 「すまん。家ん鍵、持ってくんの忘れた…」 遠慮がちな声で告げられ、血が引くと同時に思わず倒れそうになって踏み止まる。 言いたいことは色々あった、が。 「アホかー!!!」 咄嗟に臑のあたりに蹴りを入れたら巨体がグラッと揺れた。自分に否はないはず、絶対に。 公道まで戻って、ぽつんと立つ電話ボックスで電話帳をめくる千歳を横目で睨む。 明日にならないと家人は戻らず、同じ町内には当然ながら誰もいないという状況だった。 「どないすんねん…!野宿かお前、焼いて食うてまうど」 「怖いこと言わんね、大丈夫たい。金はあるんやけん」 いやに余裕があるのは気のせいか。 昔から放浪が趣味というだけあって、自分より悠々としているふうなのが余計に腹がたつ。 電話ボックスの外で一人もやもやしていると、扉が開いて千歳が狭そうに顔を出した。 「ユウジ、見つけたばい!」 「…墓場で一夜とかほんまヤメてな」 身を委ねるのは不安すぎたが、もういまは千歳を信じて従うしかなかった。 春とはいっても夕方はまだ寒く、さすがに外では夜を過ごせそうにない。 そもそも成り行きはどうあれ、二人きりで旅行するのを受け入れたのは外ならぬ事実だ。 深くため息をついて、歩き出した背中を追い掛ける。 「………」 入口で呆然と口を開けたまま固まるのに気付かず、 千歳は着々と無人のフロントで受付を進めていく。 暗い山道と比べまぶしすぎる照明を背に、くるりと振り向いて笑顔を浮かべた。 手には部屋番号の書かれたカードキー。 最近のホテルば人のおらんとこで受け付けできるとね〜、などと呟きながら 前を行く千歳の後ろで小さく体を震わせながら、全力で声にならないツッコミが口の中にこだました。 「(こ、これ…!ホテルっちゅうか ラブホやないけー…!)」 ここで現在に至る。 室内には当然とばかりにひとつしかないベッド、 無駄にでかいテレビやらカラオケやら完備されている。 普段の自分ならはしゃいだりするだろうが、何しろ相手が相手だけに笑えない。 じっとしている自分と違い、もう一人は何やら物色していて、いま目の届く範囲内にはいない。 落ち着かない自分が情けなかった、けれど。 「(…もしかしてアイツ、こないなトコも慣れてんやろか…?)」 ふとした疑問が脳裏をよぎる。 自分たちが付き合いはじめたのは高校に入ってからで、 その前後はおろか、九州にいたころのことなど全くといっていいほど聞いていない。 当時のことについてはウワサ程度しか知らない。 それは「聞いたけど教えてくれない」わけではなく、 単に自分が聞いたことがないせい、なのだけど。 少なくとも付き合い始めてから今日まで、 リードは全部向こうからで、自分はいつも「されるがまま」状態だ。 当然ながら、こんな場所に入るのも初めてである。 過去に固執するわけではないし、昔のことまで妬むなんてくだらないと思う。 けれど何もかも相手にばかり余裕があるようなのが少し、悔しくもあった。 「くそ、どうでもええわ…」 ぽつりと漏らすとほぼ同時に、影から千歳がひょこっと現れた。 はっと顔をあげると、目があい微笑みかけられる。 「ユウジ、服脱いで」 「ーーへっ?!」 まさかの発言にぎょっとして目を瞠ると、 相手は様子を察したように言葉を付け足す。 「いっしょに風呂はいろ」 「ーーー!!」 抗う暇もなく腕をとり、引っ張りあげられて意志とは関係なく立たされる。 そしていきなり何を言い出すのか。 「…いっ、いやや!何でやねん!!」 「まあそう言わんと、とにかくおいでって」 「ちょっ、」 強引に連行され、入口の傍にあるガラス扉の前に追いやられる。 ちら、と横を見ると早く開けてみ、と微笑まれる。 がちゃりと戸を開き、唖然とした。 部屋の内装からして洋風に統一されているだろうことは予測できた、しかし。 真っ白の壁や天井の中に、同じく真っ白の巨大な丸いバスタブが置かれており、 しかもただ湯が張ってあるのではなかった。 真っ白の泡が、もこもこに立ちのぼっている。 「………なんやこれ」 「見たら分からんと?」 初めてリアルに目にした泡風呂というやつに呆然としているうち、 にこにこ笑いながら服を脱がされはじめたのに気付く。 はっとして抵抗しようとするも、後ろから羽交い締めにされて身動きがとれない。 さあっと血の気が引く。 「なっ!なにしとんねん!」 「だけん、せっかくやし一緒に入ろ?」 「理由にならんわー!!」 渾身のツッコミむなしく、気付けばすでに上半身を剥かれていた。 広すぎる風呂場にしばし立ち尽くし、恐る恐る湯舟につま足を入れる。 泡がさくっと鳴って肌をくすぐり、身体がびくりと震える。 その様子を見て後ろの高い位置から噴き出され、いらっとした。 ちゃぷん、と湯に浸かってしまえば、普通の透明な湯にくらべて 泡があるおかげで何となく恥ずかしさも軽減するのに気付く。 ほっとしたのが顔に出ていたのか、 少し離れた位置に浸かる千歳が残念そうに目を細める。 無視して泡を左手につかむと、しゅわしゅわ音をたてて消えていった。 「気に入ったと?」 「…おう」 入ってしまえば案外楽しくて、ここがどこかなんてことも忘れてしまえる。 男兄弟だけの家では泡風呂なんて体験することもない。 珍しいものに下がりかけたテンションが盛り返してくる。 千歳は相変わらず微笑をうかべている。 湯の暖かさに揺られるうち、先程までの自分の態度を少し反省した。 「…千歳」 「うん?」 「その…怒ってばっかしでごめん、な。せっかく旅行、しとるのに」 それでも顔を見ては告げられなくて、鼻先が水面をかすめるぐらい俯く。 しばしの沈黙がやけに長く感じ、そっと顔をあげると千歳はまた柔らかく笑った。 「こげんことなったんは俺のせいたい。謝ることなか」 「せやけど、」 「ユウジ」 ふいに名前を強く呼ばれ、押し黙る。大きな手の平が伸びてきて、右の頬を撫でられた。 人肌の心地よさに薄く唇を開けば、間髪入れず唇で塞がれる。 すぐに舌を絡められ、深いキスになった。 「ん…、っ」 温まった体はすぐに火が灯りかけ、わずかな理性がこんな場所で何をと歯止めをかける。 全身が抗うように動かない。 解かれた唇に、無意識に閉じていた瞼をそっと開く。 目の前の千歳は先程までと同じく笑っているが、潤んだ瞳は明らかに「続き」を求めている。 ごくりと喉を鳴らし、無駄だと分かりながらも抵抗する言葉を考える。 「……ちとせ、ここじゃアカン」 「ん…あと、ちょっとだけ」 子供の我が儘みたいに甘く囁きながら、 手の平は明確な意志を持って半分隠れた胸を撫で摩る。 泡にまみれた体は普通より滑らかに指を受け止め、むず痒い感覚に体が震えた。 隙をみて湯の中で開いた脚の間に相手を挟みこむようにさせられ、 いっそう近づいた距離に頬が赤らむ。 ベッドでのやりとりとは違い、明かりの点いた浴室では互いの表情がよく分かる。 これ以上はいけないと、のばした手で広い胸を押し返そうとした。 「っ、あ!」 同時に泡に隠れながらも勃ちあがった胸の突起を触られ、上半身が跳ねる。 力の入らないのをいいことに執拗にそこを捏ねられるたび、湯に浸かる足先がぴんと突っ張った。 ちゃぷ、と浴室に水音が跳ね返る。 「…よう感じる?」 「…っん」 ダイレクトに耳元で言われ、 だめだと分かっているのにこくんと頷いてしまう。 いつもの千歳の笑顔や声は、他の知り合いや同級生も同じように見聞きできる。 けれど今この瞬間の表情や低い吐息を含む声は、自分だけしか知らない秘密だ。 相手に対し、こんな独占欲や嫉妬心があったなんていままで気付かずにいた。 過去のことは知らない。けれど今は、今だけは自分だけを見てほしい。 そう思いながら、縋るように広い背に腕を回した。 急に抵抗を緩めた態度に、千歳が軽く目を瞠る。 「…ーあれ、嫌がるんは諦めたとね?」 「もう勃ってもたもん」 率直な物言いに苦笑し、手の平がやさしく髪の毛を撫でる。 大きな身体に覆いかぶされ、腕を掴み促されるまま浴槽の縁へと座らされる。 ふわふわした泡がいくつか皮膚にくっついたまま、 でも湯に隠れていた下半身は明かりの中で露骨に見えていて、恥ずかしさに足を閉じようとした。 しかし、半身泡に隠れたままの相手に膝をしっかり押さえられ、身動きがとれない。 「今更照れても遅か」 「…っせやて、こんなん…丸見えやし…!」 俯くといやでも勃起した自分の性器が目に入り、さらにその奥には千歳の顔がある。 あんまりな態勢に泣きそうになっていると、ぺろんとそこを舐めあげられた。 「っ、ひゃあ!」 「たまにはこんなやらしかのも良かね、誰も見とらんけん大丈夫ばい」 「そ、ゆう問題…ちゃ、ッ」 無茶苦茶な理由に反論しかけるも、 続けざまに竿の筋に沿い舌先でぬるぬるなぞられ、声も出ない。 両手は浴槽を掴んでいないとすぐに湯の中に滑り落ちそうで離せない。 与えられるもどかしい感触に、 すでに反応しはじめていた先端がじわりと濡れたのを感じる。 「ユウジ」 「な ん…、っ!!」 ふいに名前を呼ばれ、いつの間にか固くとじていた瞼を開く。 股の間にある顔が悪戯に笑い、そそり立つ性器を目の前で唇にくわえ込んだ。 羞恥に熱が全身を駆け巡り、目尻から涙があふれる。 それでもまるで愛おしむような仕種や、ひどくいやらしい口許から視線を反らせない。 「ア、や…っ、嫌…」 言葉に反し徐々に硬くなるそこを、喉の奥まで迎え入れじゅくじゅく愛撫される。 自然と腰を突き出す姿勢になるのを抑え切れず、気付いた相手の指が別の部位をも揉み朶いた。 「ふ…ッ!あ・・あっ!」 とてつもない感覚に頭が白く弾け、 目と目があったまま相手の口内に精液を放つ。 喉仏が動き、唇から白いものが一筋垂れる。 少し笑ったように細められた目を見て、射精後のせいだけではない目眩を覚えた。 風呂から上がり、体を拭き終わるやいなやベッドに拉致された。 てっきり即セックスに移るのかとおもいきや、裸のまま横からぎゅっと抱き着かれ、 頭を撫でたり首筋にキスをしたりされているままである。 少しのぼせた頭でされるがままぼーっとしていると、唇を軽く啄まれた。 「…何」 「ん?や、別に」 柔らかい笑顔はウソをついている風でなく、本当に他意はなさそうだ。 じっと見つめて体を少し擦り寄せると、また一際嬉しそうに笑った。 「なぁ」 「ん?」 「…お前、こういうとこ、慣れとるん」 女々しいとは思う、だけど気になるものは仕方ない。 たとえ過去に自分の知らない誰かとこんなふうに抱き合っていたとして、 記憶から消せるわけもないのだけれど。 「こういう、って?」 「やから…ラブホみたいな」 「ラブホ?」 オウム返しの台詞に苛立ちながら、もしや…と 捨て切れない可能性が浮上してくる。 「…千歳。いま俺らがおるとこ、何か分かっとる?」 「なんか て?ホテルやろ」 違うん?と尋ねるさまは本気のようである。 一気に力が抜けて唖然と口が開いた。 「…し、しら…知らんと来てたんかい…」 「なんねユウジ、訳分からんと。説明して欲しか」 「…いやや!アホ!」 完全なる杞憂に終わった事実に安堵すると同時に よけいな勘違いから無性に恥ずかしさが込み上げ、体を丸め込む。 それだけですべて払拭したわけではないけれど、 背中を撫でる手の平があまりに気持ちよかったので、とりあえず今は甘えることにする。 「ーーあした俺のこと、家族の人になんて言うん」 「うーんと…、恋人?」 「うわやめてー!」 「・・・でもユウジ、嬉しそうたい」 否定はできず、でも照れ臭くて軽く足を蹴った。 まだ夜明けまでは、長い。 それまでもうすこし、今はふたりきり。 END 結構前から書きかけていたチトユウ。単に「ラブホ」と「泡風呂」がやりたかった、という話です(元も子もない) いろいろあった末に結局ヤってないしね・・!(殴)すいません、どうしてもいやらしねちっこい千歳になります・・なぜだろう。 むだに高校設定だけどあんま普段と変わりません。単に自然とイチャつくチトユウがやりたかったとかそんなん。 もしできたら実家行った後の話も書きたいなぁ・・そっちでは最後までや・・なんでもありません。 H20/12/01 |