尊敬している、とはお世辞でも言わない。
だけど、
本気でばかにしている・・・ってこともない。多分。

少なくとも自分よりひとつ年上で、
テニスに関しても、ダブルスの腕はいいんだと、思う。多分だけど。


基本、お互いにプライベートでも多くは話さない方で、
部活の時にだってほとんど絡むこともなかった。


・・・しかしそれが何故か最近になって。



「財前、ヒマ?ちょお付き合えや」


口調は静か、なのに
どこか言い方が相手の有無を問わない威圧的なものに聞こえるのは、
気のせいか 否か。
そうとは言わず、黙ったままでそっと眉を顰める。


部活が終わった後、間髪いれずにかかる『お誘い』の言葉。
多少の差異はあれど、たいてい同じせりふだった。

”ヒマ”という単語に最初はかちんと来たものの、
確かにこのまま帰っても何があるというわけでもなく。
断る理由はなかった。


ーーかと言って、それは毎度のことでもない。
条件がある。


それは、この人にとっての「一番」の人がいない時。


自分に声がかかるのは、
その人がいない場合だけに限られている。

その人がいない時にだけ、おれは名前を呼ばれるのだ。



言うなれば「二番目」・・・という現実。
俺よりも順位が上の人物が存在していることを意味している。


もともと、順位に固執するほど幼稚じゃない。
試験の順位にしても、
100メートル走の順位にしても。

たとえ一番じゃなかったなら、
そこには自分に不足している部分があったからで。

いくら努力で才能に追いつきかけたのだとしても、
自分の実力を出し切った結果であるならそれはそれで仕方ないのだと、割り切っていた。


しかし、だとしても。この場合は例外だ。


「人としてのランク付け」というのはいままで考えもしなかった。
加えてそれがこうも露骨すぎると、さすがにどうかと思ってしまう。


「・・・ーやっぱなんか、ハラ立つわ」


つい小声で呟いたけれど前を行く先輩には
聞こえなかったようで、よかったと思いつつも、ひそかにため息をつく。


不快に思うのならば従わなければいい。
ーーーなのに。

今日も気付けばこうして、先輩の一歩後ろを歩いている。


入部した時なんて、
どちらかと言えば気分屋すぎるこの人を
苦手だとさえ思っていたのに。



雑多なファーストフード店で交わすのは
さっきまでの部活のことだとか、
数学教師のギャグがつまらんとか、
お笑いのネタのこととか・・・そんな会話ばっかり。

いつも話が盛り上がってるのかそうじゃないのか、微妙。

たぶん客観的に見ても、
おれたちの距離と空気はなんとも言い知れぬ感じだと思う。


二人で寄り道するようになって、気がついたこと。
この先輩はよく食べる。
思ったより というよりも、見た目より。
部活が一緒なだけじゃあ気がつかなかったこと。

今だってセットのを普通に食べてるけど、
ちょっと前に部室でも何か食ってなかったか?

ーーでも、食うスピードは遅い。
いっぺんケンヤさんと張り合って、あっという間に負かされてたっけ。


ときどき思い出したかのように一気にしゃべりながら、
その体のどこに入っていくんだと聞きたくなる勢いでひたすら食べている。

俺は相槌をうちながらじっと見ている。
見られていることに多分、本人は気づいていない。

黒いカーディガンの、丸まった背中を見ても
背や体格はおれとほとんどかわらない。

でも普段、例の先輩を追い掛け回してる姿を見ていると、
かなりのエネルギーを消費するであろうことは容易に納得がいく。

ああいうときに先輩から漲ってるパワーは半端ない。
・・・うっかりすれば多分、試合中より。


多分、こうやっておれなんかと接している時は
エネルギーをほとんど使っていないんだろう。

今なんかはPCで言う省電力モード。
目に見えない消えかけのオレンジ色のランプが点滅している。

この人の起動スイッチを入れられるのは、「一番」のあの先輩だけ。
俺ではない。俺では、だめなんだ。

ーーーむかつく。


・・・・・・?


「(ーーーーなんでや?)」

「(なんでおれがむかつかなあかんのや)」

「(どうでもええやん・・・)」


否。


あの人だけを見てる、あほな先輩の視線を、意識を。
自分だけに、向かせたい。


勉強より、テニスより。
どうにもならないものじゃないのならば。


永遠の「二番」でなく、おれがこのひとの「一番」になってやりたい。


そこまで考えて、自分のおかしな思考にゾッとした。
ーーー何だ?これは。


「さむ・・・・・・」

「え?」


思わずもれた言葉に先輩が反応した。
少々の動揺を押さえ込んで、何でもないと返す。

見れば俺が手を止めて考え込んでる間に、
相手はもうほとんど完食しかけていた。


「もう食わへんの?」

「‥はぁ」


無愛想に返すと、きついつり目を少し細められる。
息が詰まるような無言の空間に、いたたまれなくなりかけたとき。


「もしかして調子悪い、とか?」

「ーーえ・・・」


聞き返したか否か、のタイミング。
伸ばされた手のひらが額にぺたり、と押し付けられる。

暖かい、でもテニスをやっている男子の手のひら。
前へと乗り出した弾みに、近くなる顔、からだ、すべて。


いびつで硬いはずの肌、なのに。
俺はいま何を思った?


「つめた。なに財前、おまえ生きてんの?」

「・・アホですか、生きてます。かまわんといてください」


ぱし、と軽く手を払う。
そうしたら。

先輩は・・・先輩が一瞬、今までに見たことない表情を浮かべた、
それを俺は見逃さなかった。


「ーせんぱ」

「・・分からんのや」

「え?」


消え入りそうな声も、さっきまでとは全く違うもので、
ポーカーフェイスを意識するけど、ざわざわした動揺は止まらない。

俺が掻き消した妙な感情と、どこか一致するような波紋が
ひんやりした血の中に広がっていく。

俯いた先輩の表情は読めない。


「なんか、分からん。けど・・・気になる、って言うん?」

「・・・・・・」

「前までこんなこと、あらへんかったのに」

「・・・・・・」

「ーーーお前が・・気になって、しゃあない」


ぽつぽつ独白される台詞に、目が泳いだ。
動じたくない、この人の前では。そう思っているのに。



「俺も同じです、先輩」



零れ落ちた声にしまった、と思うが手遅れで、
上げられた相手の顔色はやけに白く見えた。


「・・・・・・え」


冷え切った指先が凍りそうに冴え冴えとしてゆく。

疑いようもない、胸に掬うのは、この感情は。


けど、あんたが思っているのは俺だけじゃなくて、
他のもっと大事なひとにも向けられてるでしょう?


「・・・でも今は、言われへんのです」


分かってる、そうだ。
俺はただのロマンチストではなく、リアリストだからゆえ。


「なんでか、分かります?」


こんな想いを伝え合う相手なんて、ひとりっきりでいいのだ。




恋に似ている
END


夏ぐらいに書きかけて放置していたザイユウを仕上げてみた。
テーマは小春に嫉妬?する財前と、なぜか財前が気になるユウジの話。ってそのまんまやないかー!(ノリツッコミ)
ユウジへの財前の思いは恋なんだけど、財前へのユウジの思いは友情以上恋愛未満、なかんじ。
こっから財前がどう動くか ・・っていうのを妄想するのがザイユウの醍醐味ですよねわかります。
そしてユウジ→小春への思いは公式なだけあって、そこからどうやって違う相手への思いを膨らませていくのか・・
なんてことを考えるとやっぱり難解だけど、それもまたユウジというキャラの宿命。
・・・・・・なんのことかよくわからなくなった。甘々両思いも好きだけどこういうモヤッとしたのも好きです、という話。
H20/12/11