「われ!死なすど!!」 そのちっちゃい体のどこから、というぐらい大声を出して 正面の彼は顔を赤らめ怒っている。 きっと猫だったら全身の毛を逆立て、 しっぽもぴんと立っていて…鋭い爪をたてられていそうな。 どこか他人事のように、そんなことを思った。 校舎からテニスコートまでの途中の道。 いつものように小春ちゃんを探してやっとのことで見つけだしたのに 生徒会の仕事があるといって放っていかれ、呆然と、それはもう 電池がきれたおもちゃのようにぽつーんと立ち尽くしている一氏を偶然見つけた。 一部始終を眺めていた俺はしばらくしてからそっと近付く。 「一氏」 「…千、歳」 振り向かないままの彼は俺よりも30センチぐらい背が低く、 後ろからではつむじのあたりしか見えやしない。 加えて小春ちゃんのいないとき及びラケットを持ってないときの一氏は すごく猫背なので、なおさら小さく見えた。 「小春ちゃん、忙しいって?」 「…今日は部活、行かれへん、て」 背を向けたままで呟かれる声は風に乗って流れていきそうで、思わず体を前へと折り曲げる。 顔を見ずとも分かるくらい、一氏の体じゅうからは しょぼくれたオーラがわんさか出ている。 自分のことでもないのに、俺まで悲しくなっちゃうぐらい。 小春ちゃんと一緒にテニスしてるとき、もしくは人前でお笑いのネタを 披露してるときはあれだけ生き生きしているのに、 一氏は一人っきりのとき別人みたいに静かだ。 ぼーっと中空を眺めているかと思えば、 突然使い込んでるっぽい「ネタ帳」にすごい勢いでメモをとってたり、 朝礼で器用に立ったまま寝てみたり、いきなりダッシュで走り出したり、 何もないとこですっ転んだりして…俺が言うのも何だが、一氏はよく分からない。 一人きりでも決して寂しそうではなく、 彼なりに一人を楽しんでるような…そうでないような。 春から四天宝寺に来てしばらく経つけど、 もしかして部内で一番ナゾな人物は一氏なのかもしれない。 何というか、次の行動が読めないのだ。 今だって仁王立ちして微動だにしない相手が次にどう動くか予測もつかない。 「一氏は?部活ば行かんと?」 沈黙に耐え兼ね、サボリを誘発するわけじゃないが このテンションじゃまともに練習するのも難しそうだと思ったので、極力やさしく 問い掛ける。 すると突然パッとこっちに顔を向けられて黙ったまま瞠目する。 きゅっと吊った目尻は悲しみにうちひしがれてるのかと思いきや いつも通りに上がっていて、薄い唇は引き結ばれていた。 「…行く。白石、キレたら怖いし」 吐き捨てるように、しかしえらく弱気なことを断言する。 そういえばよっぽどの体調不良などでない限り、 一氏が部活に来ない日は滅多にないのを思い出す。 やっぱりテニスが好きなのか、と心持ち安堵しかけた。そこへ、間髪いれず。 「ほんで、もしかしたら小春が途中から来るかも分からんし!」 高らかに付け足されたセリフに思わず膝がガクッとなった。 なんというポジティブさ、こりゃ小春ちゃんは大変たい…。 そんな俺を一氏は冷たい視線で見上げてくる。 「ーー何じゃ、なんか文句あんのんか、あ?」 小さい体から低く抑揚のない声が放たれ突き刺さる。 俺に限らず、たいていの相手にはいつもこの調子だった。 (なので一部の1年生などは一氏のことを未だに怖がっていると聞く) 身長や体格では圧倒的に勝ってるのに、これじゃあまるでカツアゲされてる気分。 心は夢見る少女のようなのに、外面はすごく悪い子だ。 「いーや…一氏はひたむきすぎて、健気や と思うて」 つい本音を言ってしまってから、しまったと少し後悔する。 一氏が小春ちゃんに抱く感情が、相手のそれと 異なっていることは、多分もう誰もが知っている。 笑いのためだと言いながら、 それでも一氏の向けるまなざしばかり真剣で、必死で。 きっと一氏も、いい加減それが伝わり報われる想いかどうかなんて、 気付いているはずなのに…何故? どうして、そこまで夢中になれるんだろう。 どんなにあしらわれても、何も知らない他人に笑われても、必死に、すがる様に。 普段の姿からは想像もできないくらい、人格がかわっちゃうくらい。 「…ハァ?何言うてん、ちとー」 無意識に、体が動いた。 首からだけこちらを向けていた上目遣いの瞳がまるく見開かれるのを 視界におさめつつ、後ろから左腕を相手の右肩に回して掻き抱く。 小柄な身体はすっぽりと腕の中に収まった。 ちょうど目前にあった頭のてっぺんに顎を埋めると、 しばし固まって動かなかったのが我に返ってビクリと揺れた。 「ばっ…アホ!離せや!」 暴れ出す手足は乱暴だけれど、ここまで大きさが違うと抑えこむのは簡単で。 さらにぎゅっと抱きつけば、嫌々と喚かれてしまう。 「何やねんお前、何しとんねん何がしたいねん!」 「…ん、俺…何しとんのやろねぇ」 つむじに向かって呟くと、一氏の抵抗が弱まってゆくのを感じる。 そう、俺は嫌がる相手に一体なにをしてるんだろうか? 届かない片恋を無限に抱き続けることがかわいそうに思った、ただそれだけだった …はずだ。 どうして腕の中にある小さな体を、 叶わない恋を抱える同級生をこんなにも、離したくない? 「…一氏」 名前を呼ぶ。三年の部員のほぼ全員が彼を下の名で呼ぶ中、自分だけがいまも 名字のまま呼んでいた。 特別な意味なんてない、ただ。 「ーーーッ!!」 はからずも耳元に囁いてしまった言葉は当然相手にも聞こえていて。 ばっと火の粉を払うかのごとく俺の腕を振り払うと、 一氏は烈火みたいに怒りながら目の前に立っていた。 「ワレ!死なすど!!」 腕から擦り抜けた温度は離れたところでグングン上昇する。 それは一氏も、俺も一緒に。真っ赤な頬は夕日のせいか。 「…何ね、そらぁ」 不安と動揺だけをその場に残し一目散に走り去る小さな後ろ姿へ、届かない独り言を漏らす。 嗚呼だってまさか、そんなこと。 不確定な要素を取り除く予定が、ことさら混乱を助長しただけじゃないか。 情けないかな、足が震えてしゃがみ込みたくなる。 部活の練習などできそうもない。 伝えた想いは巻き戻せない。 吉と出るか、凶と出るか。 一氏の最後に浮かべた表情からは、相変わらずなにも読み取れなかった。 「俺んこつを、好きになれば良か」 反比例 END 千歳から見たユウジ→なんかよく分からない子 という結論に行き着いたのですが、 考えていくうちにコハ←ユウ←千歳という事態になっていたよ〜最後らへんで千歳がユウジにくっつくだけにするか、 強引にちゅうしちゃうか悩んだんですが・・後者だと千歳があまりにもあまりにもなので保留に。 **分かりにくいので事後解説*** どうもコハ←ユウ前提で他CPにすると強奪愛って感じになるなぁ…そりゃユウジが小春を好きすぎるので しょうがないんだけれども。これで千歳が「小春に恋焦がれるユウジ」を好きになったのだとすれば チトユウとしては成立しない(ってかそれは悲しすぎる)ので、まぁ「よく分からない不思議ユウジ」が気になる→ 片思いでかわいそうだから何とかしてやりたい(無自覚の恋の目覚め)→じゃなくて、こっちに振り向かせたい!(恋の自覚) ってなったんだよということにしておきます。補足がないと全然分からないね・・・ほんとダメだ。 書きたいこと、言いたいことが半分ぐらいしか表現できないのが悔しい・・! とりあえずこれでお題10個完成です。・・・最後がこれってどうなの・・・! 2009/01/07 |