※千歳=1人暮らしという設定です。
ふと後ろを見ると、やたら周りをキョロキョロしながら歩いているせいで、
いつの間にかかなり距離が空いてしまっていた。
そういえば歩幅が違うんだったと、間を埋めるついでに立ち止まり話し掛ける。
「どげんしたと?」
「…ん、いや」
俯き気味な歯切れの悪さを不思議に思う。
基本的に言いたいことは直球で言う性格なはずのに。
黙って続きを促すと、視線をそらしたままようやく口を開いてくれた。
「ー初めてやし。この道…」
頼りなげな細い声に、思わず微笑む。
住宅街の続く路地は確かに、住人ぐらいしか通らない場所だ。
太陽はまだおちてないものの、薄暗くなりかけた道に大きなかばんひとつを提げて
不安げな顔で立ちつくす姿は、同い年なのにやたら庇護欲をくすぐられる、というか。
なにかに似ていると悩み、やがて閃いた。
「あ…、はじめてのおつかいみたいやね」
「ーっ!!誰がやねん!!」
間髪入れない秀逸なローキックが膝裏に決まって、少しよろめいた。
向かう先、自分の家まであと5分くらい。
斜め後ろに少々ご立腹のユウジ。
きっかけは2時間ほど前までさかのぼる。
部室のドアを開けたとたん、それまで騒がしかった室内が
瞬間的にシン…と静まり返った。
突き刺さる視線に、思わず後ずさる。
「‥…え?」
「せや、千歳がおったわ!」
「よかったなぁ、これで解決やで!」
いきなり駆け寄ってきた白石と謙也が
ものすごい笑顔で両側からおれの肩を交互にポンポン叩いた。
他の皆も表情は笑っている…が、何故か誰も目を合わせようとはしない。
「……な、なん?」
完全に置き去りにされたまま、瞬きを繰り返す。
すると前に立っていた黒と緑の頭が、ゆっくりと振り返る。
背中に斜めに引っ掛けられたテニスバッグが、普段よりだいぶ膨らんで重たそうに軋んだ。
「…ん?え?話が見えてこんのやけど」
無表情でこっちを見上げているユウジに、困惑したまま問う。
すると…鋭い猫目を糸のように細めニヤっと笑って一言。
「千歳っ、今晩泊めてぇ!!」
なんのモノマネだかえらく可愛い声音、
さらに何故かこのタイミングで沸き起こる歓声、拍手喝采。
おれ一人だけが目を点にしたまま、ただユウジを見つめて固まった。
ここで冒頭に戻る。
てっきり新手の冗談なのかと思っていたのに今回ばかりは本気だったようで、
ユウジは「ほんまに行くでぇ!」と強気に言い放って後ろについて来た。
何故そういうことになったかというと、理由は………
そういえば、まだ聞いてなかった。
「なぁユウジ、なんで今日家に帰らんと?」
「…えっ」
再び歩き出してすぐに尋ねると、今にも荷物の重さに斜めに傾きそうなまま
ぱっと顔をこちらに向けて、目をまん丸くした。
びくっと揺れた肩にこっちまで驚いてしまう。
「……や、言いたぁなければよか」
慌てて付け足すと、しばらくおれの方を見上げてから、
鼻をふんと鳴らしてまた視線を外し黙り込んだ。
ここまで来てから帰れとでも言われると思ったんだろうか。
薄く開いた口からは理由なんてすぐに聞き出せそうだったけど、
あんまり深く追求するつもりもなかった。
「いままで誰も呼んだことなかけん、緊張するばい」
カギを開けながらちらっと見ると、やはり物珍しそうに
辺りを見回していたユウジは一瞬ハトマメな顔をして、くしゃっと笑う。
「何やねんそれっ、彼氏彼女みたいに」
…そういや学校出てから今日、初めて笑った顔を見た。
ユウジのツッコミの意味はあまり分からなかったけど、少しだけ笑い返しておいた。
先に部屋に上がったらそのまま立ち尽くしていたので、
どうしたのかと後ろから覗き込むと、ユウジははあっとひとつ息を吐いた。
「すごいなぁ、ほんまに一人暮らしやねんなぁ」
上目遣いに見上げてくる瞳は感動したとばかりにやたらきらきらしてて、思わず吹き出してしまう。
「って今まで信じてなかったとね?ウソついてどうすっと」
「やってお前、たしかにデカイけどおれらと同いやのにー」
冷蔵庫やらなにやらを見るたびスゴイスゴイと連呼されて、
逆にいたたまれなくなってきた。というか、恥ずかしい。
「…もう良かろ、はよ奥行き」
不満げに文句を言う小さい背中を軽く押して前へ促す。
気付けば、二人して荷物も持ったまま、玄関口に立ちつくしていた。
ドサッと床にかばんを置くと、ユウジは肩をぐるんと回しウーンと伸びをした。
「あ〜〜〜重かった」
「…ずっと気になっとったけど、そないようさん何を持ってきたん?」
着替え一式があるにしても、ここまで重そうにはならないだろう。
所々、奇妙な形に出っ張ったりしている。
するとユウジはさも当たり前かのように目を瞠った。
「一晩世話になんねんから当然やろ」
そう言ってかばんを探り、ハイっと手渡されたのはおくら3パック。
思わず受け取ってしまってから、無意味に
ラベルに書かれた「南国からの贈り物」の文字を読み上げてしまう。
そして得意げな顔のユウジ。
手を突っ込んでゴソゴソすると底の方から黒い機械といくつかのゲームが出てきた。
「あとなぁ、これ、プレステも持ってきたで!」
「……これ全部、いっぺん学校持っていっとったん?」
「うん」
だってせっかくやし、けろりと言い放つ様子に噴き出す。
どうりで重そうだったはずだ、小柄な背中が軋んで地面にめり込みそうなぐらい。
「途中、持ってあげたらよかったね」
「…っ、なめんなや、こんぐらい平気や!」
一気に険しくなった表情に、どうやらまた
余計なことを言ってしまったらしいと今さら気付く。
成り行きでおかしな展開になったはずなのに、何だか楽しくなってきた。
学校以外で見るユウジはおもしろい。
・・というより、むしろ。
「(…あ。小動物みたいで、かわいい)」
きっと本人に言ったらまた怒るから、今度は思うだけにとどめておく。
むっと膨れたユウジをどう宥めようか考える。
ご飯にしようって言えば、傾いた機嫌ももとにもどるだろうか。
「意外ときれい好きやねんな」
隣で洗い終わった食器を拭きながら、ぽつりとユウジが呟く。
視線は部屋の方を向いていて、水道の蛇口を捻りつつ何ともいえない気分になる。
「それは…、褒められとるん?」
「うん、褒めてんねん」
もっとなんか草とか生い茂ってるとこ住んでるんやと思てた、
真顔で返されて苦笑する。
いったいどんなイメージを抱かれていたんだろう。
他愛ない話をつらつら続けてるうちに、
あっという間に外にみえる景色は夜になっていた。
一人に慣れてきた日常の中、
たったひとりの存在が増えるだけでこうも時間の流れ方が違うのか。
明日の夜は寂しそうだと思い、そんなふうに感じた自分に少し驚いた。
風呂上がりに散々ゲームで遊んだあと、
おれがちょっと目を離したすきにユウジの頭はうつらうつら揺れ始めていた。
時間は23時。
そぅっと後ろから近づくが、気づく気配もない。
あれだけ日中テンションを上げていた反動が一気にきたようだ。
起こすのもかわいそうだけど、このまま座って寝させるわけにもいかない。
近づいて隣にしゃがみ、肩をトンと叩く。
「ユウジ、寝るんなら布団で寝んと」
「んんー…」
鼻から抜ける返事はあるも、閉じた瞼は一向に開かない。
それどころか体がグラリと傾いだので、慌てて背中を支えてやると、
そのまま顔をおれの肩へあずけて気持ちよさそうに寝息を立て始める。
「…子どもと一緒たい」
遊んで、騒いで、食べて、寝て。
ユウジ自身はえらく小さい子を嫌っているみたいなのだが、
これじゃあ自分もそんな子たちとかわらない。
うっかり本人に言ったらまた蹴られそうだけど。
しょうがないので後ろから腕を回し、体をぐっと持ち上げる。
…思っていたより軽くて、ちょっと驚いた。
ためしにこっそり「おひめさまだっこ」というのをやってみたが、
それでもユウジは起きないし、何か・・・よく意味が分からなかった。
抱え込んだままベッドのところまで連れて行って寝かせると、
一回背伸びをしてからくるりと膝を抱える体勢になり丸まった。
さすがに二人で寝るのはキツいかと思ってたものの、
ユウジのサイズなら大丈夫そうだ(と、また言ったら怒られそうなことを考える)
足がぶつからないよう意識しながら、隣で横になる。
はからずも向かい合う姿勢になったが、
まったく何も気づかないらしく、ぐっすり眠っていた。
「よう寝とんねぇ‥」
「……」
聞こえていないの前提で話しかけて、目に鬱陶しくかかる前髪を払ってやる。
少し口元が動いたが、目はまったく覚めそうにない。
思えばここまで至近距離で向き合うのは当然ながら初めてで、
いつもはきつくつり上がった目が閉じているだけで
こうも印象が違うのかと妙に感動する。
顔の一個一個のパーツが小さいのや、
日焼けしてるのにきれいな肌、それに細い顎。
ラケットを持って走り回ったり他人を思い切り笑わせたり、
ましてやここまで押しかけてきて大騒ぎしていたのと同一人物には、とても見えなかった。
ちょっと笑えてきて、悪戯がてら
伸ばした手で無防備すぎる首筋をくすぐってみる。すると。
「ーーーぅ、んっ…」
「えっ…」
びくっと体が跳ね、しかもえらく甘い声を出すからびっくりしてしまった。
反射的に手を引いて固まる。けれど、ユウジは起きない。
「……何ね、今の」
聞いたことのない声、それからーーー見たことのない表情。
昼に思った「小動物みたい」というのとはまた、違う。
どきどき、鼓動が早くなるのを感じる。
これは・・・何だろう?
「(ーほんとに…不思議な子たい、ユウジは)」
目が覚めないのをいいことに肩を抱いてみると、
思った以上に体温が高く暖かかった。
石鹸のにおいが相俟って心地よくて、
思わず苦しくないていどに体ごとくっつき、目を閉じる。
「(ーーこんなんも、悪くなかね)」
きっとまた、朝起きたら怒られるんだろうけど、
それでもなぜか気分が弾んだ。
本当の君はどれ?
END
ギャグ のつもりです。小さいものを愛でるよーな感情がすこし違う意味も含んでる、と千歳が気がつくまで…みたいな。
つまりは煮え切らないチト→ユウですね(言っちゃった!)恋愛感情ヌキでも千歳&ユウジの2ショットはすき!だいすき!
実はけっこう前に書きかけてたのをリサイクルしたのでテンションがいまと違う。特にユウジが妙に明るくて違和感!
でもあえて直さない。千歳→一人暮らし、という設定に異様にもえていた記憶が・・・じっさいどうなんでしょうね〜中学生だしなぁ・・・
ユウジの家出の理由はおかんと喧嘩したとかそんなんです、きっと。超アバウト。
この後千歳が寝ているユウジにいろいろいたずらしちゃう展開とか考えようともしたけど自重しましたそれはいけない
2009/01/18