「ーーーなんでそんなややこいことになっとんですか」


思わず相手が年上であることも忘れ、呆れてツッコんでしまう。

昔なら先輩に向かってどうの、と突っかかってきただろうに、
今は黙って俯き、しゅんとしている。

無意識に溜め息をつくと、「・・ごめん」
ぽつりと呟いた。




はじめはまったく気づかなかった、お互いに。

微妙に重たい空気だと察したぐらい、
どうやらおれがその空気を和らげたのが分かったぐらいで。


まさか、そこにいるのが中学の部活の先輩どうしだとは夢にもおもわない。



バイトを始めてもうすぐ2年になる。
それこそ今まで、先輩や同級生に会うことがなかったわけではない。
世間は案外狭いもんだ、などと思うていどである。


しかしそれが二人まとめて、となると別だった。

それは多分おれだけではなく、あの場に居た全員が
信じがたい偶然に固まっていたんだろうけど。


先輩たちの高校は確か別々だったが、
どこの大学に進んだ なんてところまで知らなかった。
実際ああしてつるんでいた、ということは同じところだったのか。


とりあえず仕事中ということもあって一旦その場を離れた。

が、どうも最初のあの空気の感じと、
どことなくぎこちない雰囲気が、心の端に引っかかっていた。



友達どうしで食事ってのは別におかしくはない、けれど。
中学の時の記憶・・・そもそもあの二人はそんなに仲がよかったか?

よけいな詮索をしたがるなんて自分らしくない。


ただ。
ユウジ先輩はともかく、もう一人のーーー
千歳さんの様子が気になったのだ。

滅多に感情を外に表さなかったあのひとが、どうして。
あれは、明らかにーーーーー



バイト終わり、不在着信が携帯に残っていた。
その昔に登録した当時のと同じだから、当然名前も表示されていて。

なんとなく予想はできていたから、あまり吃驚もしない。
かけ返した電話はコール音1回でつながった。



「番号かわっとったらどうしようか思た」


笑いながら言う先輩はやはりというか考えなしだったようで。

待ち合わせた居酒屋は平日の夜だというのに結構混んでいた。
先輩の前にはウーロン茶しかない。そういえばこないだもコーラを飲んでいた。


あのころつけていた緑色のバンダナはなくなっていて、
さらっとした黒髪がところどころはねている。

黙っていれば外見だけは随分と大人びたように見えるのに、
中身は昔のままらしい。


「先輩も、かわってないっすね。安心しましたわ」

「えっそう?ほんまに?」

「相変わらずアホそうで何よりです」

「・・・!!お前もかわってへんわ・・っ」


ムカつくとかどうとか文句を垂れてるのを無視して、
さっそく本題を切り出してやる。

もともと他人の相談に素直に乗ってやれるような役回りじゃないんだ、俺は。


「で。話っちゅうのは千歳先輩のことですか」


言うなり、さっきまでふざけていた表情が一気に強張る。
あまりの変化に、寧ろこっちが驚いてしまった。

記憶を中学時代までさかのぼる。
確かに、この人と千歳先輩はそこまで仲良さそうではなかった。

けれど逆に、そこまで犬猿の仲ってこともなかったハズだ。


それがなんで今になって、名前を出しただけで凍りつくほどの存在になっている?
しかもなんでそんな相手と、一緒に二人きりで飯を食ってる?

考えるほど、意味が分からなかった。


「えーと、あんなぁ・・そのー・・・」

「何すか気色悪い、借金の保証人にでもならされたんですか?」

「ちゃうわ!!」





冒頭に戻る。

そこから長々と聞かされた事実は、
もういっそ「金貸して」って言われた方がなんぼかマシな気がすることばっかりで。


ああ・・・頭が痛くなってきた。


「・・・つまり酔うた勢いでヤってもて、そのあと向こうから付き合おうて迫られて困っとる、と。」

「う・・・・・・ま、間違うてないけどなんかイヤや・・・」

「しかも、先輩が原因」

「ぐ・・・ッっ!」


思い切り両手で指さして言うと、ユウジ先輩は
黙ってればそれなりに整った顔を顰めて俯いた。



同性の同級生と久々の再会でまさかの朝チュン、
しかも原因を作った方だけが一方的にコトを一切覚えていない。

それなのに向こうは無理難題やら手切れ金を要求するでもなくーーー
寧ろ一緒にいることを望んでいる、というのだ。


ーーー意味が分からなかった。


もしも…万が一、体だけが目的であったとする。
(この際先輩がどっちも男テニ部員であったことはもう触れないでおく)

どう見たって二人の体格差はかなりのものだし
力づくでどうにかしようと思えば、できなくもないだろう。

けれど、話を聞けばこれまでに一度もそのような事態には至っていないらしい。


「・・・・・・」


改めて、目の前で絵的に小さくなっている先輩を正面から見据える。


あんまりごつくはない体と顔つきであるのは当時から変わっていない、けれど
女と間違えるか、といわれれば決してそんなことはないはずだ。

この先輩も中学のときからちょっとヘンなところがあったけど、
渦中にあるもう一人の先輩もたいがいに変わった人だ。

しかし、だからといって
ささいな伊達や酔狂で「男」を抱けるってもんでもないだろうにーーー


「ーーざ、財前。見すぎや」

「・・・ああ、すんません」

「で、な。おれどないしたらええと思う?」

「・・・・・・」


思わず謝罪して、続いて無言のまま瞠目する。

というかこんなことを相談されて、
さらにそんなすがるような視線を向けて
おれに的確な助言を求められても困る。心底困る。

かと言って、
さんざん話を聞いたうえでハイさようなら、
と放り出してしまうのもさすがに可哀相だった。
おそらくこんなハナシをできる相手が周りにいなかったんだろう。


なんてタイミングで出会ってしまったのか、今更悔やんでもどうしようもない。
これじゃどっちが先輩だか・・・ああ、それは中学の時からそうだったか。


「ー先輩は、」

「え」

「先輩はどうなんですか?あの人んこと好いてるんですか」

「好・・・」

「もし次ヤりたいって言われたら、OKするんですか?」

「ーーーッ、な!!」


包み隠すのも億劫で直球を投げつけると、
先輩は一瞬で顔を真っ赤にした。
おれはあえて突っ込まず、答えを求めて待ってみる。


「…そ、そ、そんなん、分からへんよ…」

「ーーへぇ、んじゃ嫌ってことはないんや?」

「え?!」


半ば誘導尋問のような会話に、相手は戸惑いっぱなしだった。

おれとしては、悩みながらも千歳さんのことを徹底拒否するわけではない
ユウジ先輩の言葉に内心、驚いていた。


変なところで不器用さが似通ったひとたちだから、
どっかで肝心な部分が捩じれているのかもしれない。


「好きかどうか分からんにしても、嫌いじゃないならいっぺん付き合うてみたらどうですか」

「……」


アルコールで喉を潤してから、個人的見解を述べる。
目の前の彼は、まさかそう切り返されるとは予想もしなかったみたいで、
黙ったまま硬直していた。

当然、簡単に受け入れられる事象ではないだろうけど。


成り行きはどうあれ、千歳さんは冗談でそんなことを言う人じゃないし、
このままうやむやな態度をとり続ける方がどちらにとってもしんどいはずだ。

それに…


「あのひとは結構、本気や思いますよ。先輩のこと」

「え…?」


このあいだ再会したあの日、
予測できないおれの存在を確認した時。

露骨なまでにほっとしていたユウジ先輩と違い、
彼の視線に含まれた意図は、少しの動揺とーーー


「…いや、今度会うたら言うといてくれます?おれは大丈夫ですよ、て」

「はぁ??」



もちろん理解できず首をかしげる相手に、彼には言えば分かると念を押す。


あの時感じた居心地の悪さのひとつは、
おれに対する嫉妬にも似た感情のせいだったのかと、ようやく合点が行った。


あれほど感情をあらわにしていたということは、
本当に千歳さんはこの人のことを好きなんだろう、と。そういうことだ。

そしておれにはユウジ先輩に対し特別な感情を抱いてはいないし、可能性もない。
だから「心配せんでも大丈夫」…そういうこと、だ。

ーーーまぁ、ほかにも理由はあるけどそれはそれとして。


「そういうことで。助言はこんなもんでエエですか?」

「う、ん…。うーん…」


まだぐるぐると考え込んでいるらしき先輩は眉間に皺を寄せている。
そりゃあいきなり第三者からの意見を全部受けとめろ、っていうのも無理な話だろう。


「ーーまぁ、無理せんくていいんちゃいます?」

「…分かっとる、よ」


小さく頷いた表情はまだ深刻そうだったけど、
最初に顔をあわせたときよりはずっと柔らかになっていた。


「ーほな、なんか頼んでええですか?腹減って死にそうなんで」

「・・せやな」

「当たり前ですけど今日は先輩のおごりですよね?」

「ーーーう」


有無は言わせない。
話の内容の密度からすれば安い相談料だろう。

きっかけはどうあれ、まだ軌道修正すればなんとかなりそうな気配がした。

結局は渦中の二人しだいで、
なかでも多少、素直じゃないこの先輩の動向は気になりはしたけど。


「先輩らがうまいこといくよう、祈っといたりますよ」


冗談めかして伝えればユウジ先輩は目を丸くし、
一瞬だけ間をあけてから
「お前やっぱ、ちょっとだけやさしなったわ」などと皮肉めかして言った。


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パラレル大学生設定チトユウ第4話。まさかの財前視点でお送りしました。
2・3話目がえらくシリアス風な引き&話が前に進まない系になっていたので、ここらで心機一転しよう!と思ったがゆえの財前+ユウジです。
なんだか途中で財前のキャラが分からなくなったよ・・チトユウに財前を絡ませるの(ザイユウ抜きで)は初めてだったもので・・・
気づけばPRGで言う親切な村人もしくはときめもGSにおける弟みたいな役割になってました←なんだそれ
このあとちょっとづつ明るい展望が見えてくるようにしたいです。早く両思いでくっついちまえ!と思う反面、
なかなか通じ合えずにやきもきしてる関係がとても好きなので・・・悩みます。ひどいですか?ですよね。そしてもちろん続きます。
H21/01/23