部活を引退後、とくに約束もしていないのに
気付けば一緒に下校するのが当たり前になっていた。

まだ暑さが残る夕方の空は明るく、
こんな時間に帰ることに未だ違和感を覚える。
腕に纏わり付く風が少しだけ涼しくて、夏の終わりを感じた。



何故か成り行きで付き合うことになった千歳と俺は、
並んで歩くとそれこそ大人と子供ぐらい背も体つきも違う。

一緒にいて同級生に見られたことは一度もないけれど、
世間的にみて企画外なのは千歳のほうなのだから、今更やっかんだりはしない。


サイズは段違いでももとから天然ボケな千歳と、
元来ツッコミの俺とは思いのほか相性がよかったらしい。


最初のうちはデカいし見下ろされるし、
九州弁はモノマネしにくいし嫌な奴と思ってたけど、話してみると妙にとっつきやすかった。
まぁ、それだけで付き合ってるわけでは決してないのだけど。


「ユウジ」


ふいに名前を呼ばれて振り返る。

見た目の迫力にそぐわず普段の千歳は
とてもやさしい目をしていて、例えるならいつもふわり、と俺のほうを向く。
千歳のうしろから日差しが明るく照らしているから、余計にそう思えるのかもしれない。


「なんや?」

「んー…」


立ち止まり相手を見上げると、
なにか言いたそうなのに困ったような、微妙な表情。
そして何も言わず、俺の頭に手をぽんと置いた。



「お前、ひとの心が読めるんか」


夏の大会のあと、千歳に聞いたことがある。

そうしたら相手はしばらく唖然と固まってから失礼なぐらい思いきり噴き出した。
イラッとして臑を蹴ってやると、慌てて違う違うと弁解された。


試合中につぎの展開が分かる、
そんなことができると知ったのは夏の大会前で。

春から同じ部活だったのに俺は…俺たちは
こいつのことをなにも知らなかったのだと思い知った。

本人から聞いても白石から聞いても結局
ムガのトビラがどうのという話はちっとも分からず仕舞いだが、
とにかくこいつが何か「別次元」のものを持っていることだけは、俺にも分かった。



あとひとつ。千歳とつながっている元九州の、不動峰の部長との関係。


どうやら夏の間によく分からないわだかまりは解消したようで、
ときたまメールなどのやり取りをしてるらしい。

あまり過去(というほどでもないか)のあれこれに介入する必要も感じないから
ほとんど又聞きした情報程度しか知らないが、まぁ…なんというか、
俺の入り込めない領域のなにかを感じるのは確か。


ほとんど見えてないという千歳の右目は、
見えないことを感じさせないほど的確に俺を見つめる。


予知能力は使えなくても、
視覚的に視力を失っていても。

千歳の眼は俺のようなごく平凡な人間には見えないものまで見えてるんじゃないか。
一緒にいるようになって最近、特に思う。

かといって俺には千歳がなにを思い感じているかなんて、当然分からないのだけれど。



「…千歳」

「うん?」


なにも言わずに人の頭を撫でさすっている相手を見上げ、逆に名前を呼ぶ。

試合のときの鋭さがウソのように穏やかな優しい眼差し。

その双眸がほんとに俺を見てるのか、それとも俺を通り越して実はほかの誰かを見てるのか。
疑うわけじゃないけど胸に巣くうもやもやしたモノは、言葉にし難い嫉妬なのかも。


俺だけを見て、なんて冗談めかしてでも言えたらいいのに。


小春相手になら言えたことが、どうしてか千歳の前で素直になることができない。
たぶん、どうせでもなにもかもを見透かされていそうだから、
プラスで言葉を口にすることがちょっと怖い。


きっともう俺の心はこいつに盗まれているのだ。

来年…むしろ数カ月後に今のようななんでもない時間を
ふたりで過ごせるのかさえ分からない、靄みたいに消えそうな関係でしかないのに、俺は。


「なん?ユウジ」

「千歳、あんな、」


伸びてきた手が俺の手をつかむ。でかくてあったかい手の温度。


なぁずっと、俺のそばにおってくれる?


伝えられたらいいと思う反面、答えを聞くのがひどく怖い。
だから黙って手の平を握り返し千歳の右目を見つめる。片耳だけのピアスが光る。


このまま時間が止まってくれれば、なんて
ばかみたいな願いを嘲笑うように容赦なく夕日は落ちていく。

こんな気持ちになるんなら好きにならなければよかった、
どっかの恋愛ソングの歌詞みたいなことを思う。
それでも。


「…好いとうよ、ユウジ」


鼓膜を震わす柔らかな声が心を撃つから、
俺はもう、この男から離れることができないのだ。

ツンと目の奥が痛くなったのをごまかすために俺は笑う。


汗で張り付いたシャツ越しの背中を、迫り来る秋の風が通りすぎていった。

永遠なんて我儘は言わない、
だからもう少しだけ、このままでいさせて。



going my way, going your way
END

書きたいことをつらつら書いたらこんなふうになったチトユウ。
千歳はいつまで大阪にいるのかしら、九州に帰ったりしちゃうのかしら、とふいに気になり
ユウジに代弁させてみました。そしたら乙女っぽくなった…
悲恋のようだけどそうでもないです。別離の心配はユウジの杞憂に終わる感じ。
人の予想の斜め上を行く千歳は、相手を不安にさせるだけさせといて最後には幸せにしてくれる男!多分!笑
そっけないようで実はすごく千歳に依存しているユウジって、すーごく萌える。
21/05/06