自分の中で何かが解決したような、
それとも寧ろ、よけいにややこしくなったような…そんな感じだった。


好きかどうか分からない。
でも、嫌いではない。


中途半端な結論だとは思う。
それでも、今はこれ以上の考えに踏み込めそうになかった。


「(せやて・・・悪いヤツじゃないねんもん・・な)」


仕掛けたのは自分、手を出したのは相手の方。

どちらもがお互いに罪悪感のようなものを抱えていて、
なんとなくグズグズとした関係に落ち着きそうになっていた。



そんな折、
『嫌いじゃないなら付き合ってみろ』と 財前は言った。


・・・そういえば、千歳本人にも
『ためしに付き合って欲しい』と最初に言われた。


あれから特に自分から「付き合おう」などと伝えたわけではない。
現状を維持しているままである。


今日だって大学で講義を受けたあと買い物に行く約束をしているけれど、
これは仮にも付き合っている間柄どうし、言うなれば”デート”の部類に入るのだろうか?

もはや”付き合う” という意味まで見失ってきたような気がする。


そもそも友達と恋人の明確な違いの基準はなんだ?
一度の過ちでも関係を持ってしまったら友達には戻れない?

…たとえ、男同士でも?


「(…分かるか、そんなもん)」


自問自答を繰り返すうちに時は過ぎ、
頭に入り込まない講義が、右から左に抜けていった。




「ユウジ、こういうん好き?」


ぱっと目の前で広げられた大きな手に、目が丸くなる。
背後から長い腕を差し出して、千歳は驚いた自分を見ながらにこにこしている。

手のひらに載っていたのは、細身のシンプルなシルバーリングだった。


確か以前、手先が器用なのを使って
大学の授業でお遊びの銀細工をやったことがある、とは話した気がするけれど
そんなことはなした自分ですら忘れていた。

何やら真剣に見てると思えば、まさか自分のものを選んでいたなんて。
なんと言葉を返すやら悩んでいると、重ねて「どう?」と尋ねられる。


改めてそれを見なおす。余計な飾りのついてないそれは
あまり装飾品には興味のない自分がつけても、たしかに違和感はなさそうで。

見立てのよさを褒めるべく、少し笑って後ろを振り向く。


「・・うん、いいんちゃう」


ーーーと。

言い終えるや否や、つかんだ左手の中指に
いきなり指輪を通された。


「・・・!?ちょっ」


そのまま体をくるんと反転させられ、
カウンター内の店員に腕ごと手を突き出す格好になる。


「すいませーん、これください」


唖然とする自分と店員をよそに
千歳は何事も無いかのように笑って、ゆったりと言った。




コーヒーショップのオープンカフェに座り、大きく溜め息を吐いた。

未だ火照っている気がする顔を手でぱたぱた仰ぎ、
思わずアイスコーヒーのカップを頬にくっつける。

当然ながら、手には件の指環がはまったまま。


「あーーー恥ずかし。ありえへんわお前・・・」

「んん?だって、よかって言うたけん」

「にしたってあの買い方・・・!あーもう、済んだやしことええけど!」



本気で歯向かうのがばからしくなって、
ある程度まくしたてたのち、途中で諦めて溜め息を吐く。


加えて、なぜかサイズまでぴったりだったのが腑に落ちない。
指環の号数など教えた記憶も無いのに。

しかも笑えないことに、勢いよく指を通り抜けた指輪は
ちょっとやそっと引っ張ったぐらいでは関節に引っかかって抜けそうもなかった。


まさか簡単に外せないよう、わざとあんなことをしたのか などと
いささか千歳不信(?)になっている自分の心の中がざわめく。


しかしあのあと結局、支払いは千歳の強引さに任せてしまったから、
経緯はどうあれ奢られた上にモノを贈ってもらった立場で
疑うようなことは言いたくなかった。

出てきそうなさまざまな言葉を、唾液と一緒にぐっと飲み込んだ。


「ユウジ」

「な・・・何?」

「ーー実は、な」


黙ってにこにことしていた相手に、ふいに呼び止められた。

意味深に途切れる単語に妙にどぎまぎして
顔に不機嫌さが出ていたかとか、何を言われるのかとひそかに焦る。

目が合った次の瞬間、前に座る千歳は満面の笑みで
自分の眼前に手をかざした。


「おそろいったい」

「・・・へ?」


対象物が近すぎてピントのあわない焦点をぎゅっと絞り、
でかいくせに妙にかわいらしく小首を傾げる相手を見る。

長年テニスを続けた大きな左手。
中指に光っているのはーーー見覚えのありすぎる、シルバーの指環。


しばらくばかみたいに対面を見つめてから、
もう一度、自分の手にはまるそれを確認する。



おそろい。
その言葉が指す意味など、ひとつしかありようもないのに。



言葉と行動の意味すべてを理解したとたん、
体じゅうの血液が沸騰したように熱くなった。

かあーっと音がしそうなほど多分、いっきに顔が赤くなった自信がある。


「ばっ・・・!!!!!!」

「あはは、ユウジ顔まっか」

「お、・・っ!笑うな!!!」

「っいた、ひどかー」


思わず立ち上がって相手の頭を平手でばしんと叩くと、
さしてダメージなどないだろうに痛い痛いと言う。

むしろ違う意味でダメージを受けたのはこっちのほうだ。


「まぁそう言わんと、深い意味はなかけん」

「・・・・・・」


なんでもないかのように笑う千歳を前にすると、
ひとりで深読みしすぎているかのようで逆に恥ずかしくなる。
黙ってすとんと腰を落とす。


ーーーそう。


あえて千歳が左手の薬指ではなく、
中指に指環をつけたことに何かしらの意図と遠慮を感じていたりもしたのだけれど。

そんなことを突っ込める空気ではなくなってしまった。
これじゃあまるで、自分ばかりが意識してしまっているようで、おもしろくない。


「・・・どっちなん、お前」

「ん?何が」

「・・・べつに!」


そっけなく言い、白いストローをがじがじ齧る。
千歳は無言で傍観しつつ、口角を吊り上げて笑った。



数年ぶりにつながった”友人”としての糸がこの指環だというのなら
素直に嬉しい、と思う。


そうさせてくれないのはときおり千歳から向けられる
意味深な視線のせいに他ならないのに、
どうして、薬指を避ける必要があるのだろう?



『あの人んこと、好いてるんですか?』



後輩に言われた言葉を思い出す。

千歳に遠慮させているのは、自分の態度が原因なのかもしれない。
でもなお、こちらから行動を起こすのは憚られた。



合鍵、指環。



かたちにのこるものを2つも手に入れてしまった事実は、
時間が経つほどじわじわと心の奥に広がっていく。


「(嗚呼・・・、もう!!!)」


静かに喉の奥で叫んでも、千歳には届かない。

こんな苦しい思いをするのならば、いっそのこと決定打が欲しかった。
いざとなれば絶対に、こわくて逃げ出したくなるんだろうけれど。

ひどく嬉しそうに微笑む相手を見ていたら、
糾弾の言葉もすべて喉の奥へと引っ込んでしまった。



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久しぶりの更新になってしまいましたパラレル大学生設定チトユウ第5話。
あまり話が進んでないです…閑話休題的な。少しギャグ?敵要素を入れたくてやってみました。
もうなんかこれただのバカップルなんじゃない?て書いてる本人は思ってます。笑。
でもまだ続いてしまいます・・・すみません。バイト財前の話もまた描きたいな!

H21/05/22