ユウジ高1、財前中3です。
ユウジ先輩がバイトを始めたらしい。
と、高校に上がっても何かと理由をつけて
かわりばんこに部室に現れる先輩たちから聞いた。今回の情報源は小春先輩。
「そいや、ユウジってどこで働いとるん?」
一緒に来ていた謙也さんが尋ねる。
すると意外にも、小春先輩でさえユウジ先輩のバイト先までは知らされていなかった。
「こないだ聞いたらね、「今はまだ言われへん!」てゆわれたんよ」
「…はぁ」
「??なんやそれ」
思わず謙也さんと顔を見合わせる。
俺たちだけならともかく、小春先輩にも言えないバイトって一体なんだ。
どうでもいいけど、隠されるとやけに気になる。
「会うたときに分からへんかったん?雰囲気とか…」
「そやねぇ〜」
うーん、と悩んだあと、
小春先輩があっそういえば、と顔を上げる。
「なんやユウ君、えらい甘ぁい匂いさしてたわ」
先輩たちと別れて、耳に馴染んだイヤホンをさす。
まだ五月とはいえ日差しはもう半分夏に近い。
いつもなら部活があるから日も暮れて少しは涼しくなるのに、
昨日からちょうどテスト一週間前に入ったせいで部活もなく、帰宅時間もえらく早い。
どうせ帰っても時間を持て余すし、気分転換にラケットを握ったほうがよほどいいのにと
思いながら、部活の用具がないぶん普段より軽い荷物を背負いなおす。
商店街を抜けながら、ふとケーキ屋から香る
チョコレートの匂いに、先輩のことを思い出す。
「(…甘い匂い、か)」
そんなはずない と言い聞かせながらも視線を上げて黙視する店先には
当然ながら笑顔を振り撒いてる茶髪の女子高生しか見当たらない。
「ーまさかな…」
小さく呟き、ちょっと甘いものへの誘惑に揺らぎながら視線を前へ向けた。
そのとき。
「っ!」
「わっ!す、んませーー」
ばっ、と前を横切った人影に怯みかけて一歩を後退する。
それから目の前にいた見覚えのある顔に気付き、思わず瞠目した。
「ユウジ先、輩…」
「・・へっ?え??」
はっとして固まる相手を改めて見れば制服のカッターシャツの上にクリーム色のエプロン、
見慣れた緑のバンダナで前髪をオールバックみたいにした頭、
さらに手には自動泡立て器の先部分。
さながら家庭科の調理実習の途中で抜け出してきたような姿の彼は
つり目を真ん丸にして俺をひたすら凝視してくる。
どうやらまだ状況が把握できてないらしいのはひとまず、ともかくとして。
「…先輩、急いでたんとちゃいますん?」
「ーえ、ああああ!!」
反射的にどつきたいほど大声で叫ぶと、先輩は再び走り出した。
完全においてきぼりの俺はこのまま引き下がるのが妥当と分かっていながら、
久々に会ってもやっぱりアホなあの先輩についていってみることにした。
どうせ帰ったって勉強せぇへんしな、と自分に言い聞かせて。
「…これはちょっと、予想できへんかったすわ」
カウンター越しにのぞく広いおでこを眺め、店内を見渡す。
ドアには「定休日」の文字が貼られていて、客は当然誰もいない。先輩と俺だけ。
ピンク基調のパステルカラーで統一された真新しい店内は、
あまりにも目の前の先輩にはミスマッチすぎて笑える。
「…なんであんなとこで会うねん、しかもお前に。最悪や…!」
「まぁ、先輩のくせに隠し事やなんて生意気ってことすわ」
「……ほんと、変わらへんな」
いらいらしたように言うと、今度は生地の材料をボウルに入れ、
熱された丸い鉄板の温度を確かめに手の平をかざす。
それをぼんやり見ながら口を開いた。
「こんなとこにこんな店できてたん、知らんかったすわ」
まだ何かウダウダ言いながら先輩は
会ったときに握っていた泡立て器を大きなミキサーに取り付けている。
さっきのはなんでも、点検に出していた部品の受け取りをすっかり忘れて
慌てて貰いに行ってきた、とのこと。まったくもってこの人らしい。
要は、ユウジ先輩のバイト先ってのは新しくできたクレープ屋で、
オープンを明日に控えた今日は最終の確認に来た、というわけだ。
小春先輩にまだ言えない、と言ったのも
店がオープンしてからと思ったからなんだろう。
ふいに、不服そうに俺を睨みつけてくる。
「くっそー、小春に一番に言おう思てたのに…」
「相変わらず先輩、キモイっすね」
「やかましわ!お前のスカしたツラ鉄板で焼くどコラァ!!」
ファンシーな内装とエプロンに似合わぬ剣幕で怒るのを見て、
ちょっと去年までの部活が懐かしいとか思ってしまう。
寧ろ何だかんだ言いながらも店の中まで俺を招いたのは他ならぬこの人本人だ。
追い返そうとすればできたはずなのに。
「先輩、今から練習するんすか」
「…やったら何やねん」
ちら、と上目でこっちを見ながらも作業の手は休めない。
そういえばいやに手先だけは器用な先輩だった、と思い出す。
「ほな、その練習のでええんで俺にください。めっちゃ腹減っとって」
「…はあ?」
「せやてどうせ先輩かて一口食うたら処分するんやろ?もったいないし。
それに、他人の意見ゆうんも必要や思いますけど」
「………うーん」
ぴた、と手が止まったに気付きながらなお畳み掛ける。
口を尖らした先輩の顔には「それもそうか」と書いてある。
ただしばらく「最初に作ったぶんは小春に食べてもらおと…」とかぼやいていたので
「小春先輩に旨いの食べさすためにも実験台になったりますわ」というと、ようやく縦に頷いた。
単純すぎる。
薄く生地をのばしていく手際は
バイトし始めには見えないほどで、内心ではスゴイと思いながらも
言うと調子にのるから黙っておく。
「どんなんがええん?言うとくけど果物はあんま買い置きないで」
視線も上げずに先輩が指した先には
可愛いピンクまみれのメニューがある。
なかなか一人でクレープ屋に入ることはないから
案外種類が多いことに驚きつつ、しばらく悩んだ末。
「先輩に任せますわ」
「えっ」
「俺の好きそうなん、作ってくださいよ」
悪戯に口先だけでにやっと笑えば先輩は目を丸くして、
すぐ眉間に皴を寄せた険しい顔になる。
何か言いたげに唇を開きかけ、
ぱくんと閉じて黙々と作業に移った。
鉄板で生地が焼ける音と冷蔵庫のうなる音としか聞こえない、
有線なんかも流れていない開店前のクレープ屋に、俺とユウジ先輩の二人っきり。
なんだか不思議な気がしてきて、沈黙をやぶるべく声を出した。
「先輩部活は続けとんですよね」
「ん、」
「やっぱダブルスなんすか?」
「…まだ決めてへん、けど」
次第に尻窄まりになり途絶えた言葉の続きは、なんとなく予想がつく。
先輩と小春先輩は別々の学校に進学した。
多分まだ、あのひと以外とダブルスを組むことに抵抗があるんだろう。
健気なこったとか、愛されすぎとか、いろいろ浮かんできたけれど。
「先輩…キモいっすわ」
「!!っなんでやねん、アホ!アホ!」
悪態をついた俺へ半分投げ付けるように、
いつのまにか完成していたクレープを渡された。
慌てて立ち上がり受け取ったそれは焼きたてでかなり熱くて、
一瞬怯んだ俺を見逃さずに先輩は大袈裟に鼻で笑った。
ぱっと中身を見て、目を見開く。
「先輩、」
「…確かお前、和菓子みたいなん好きやったやんか。粒餡と抹茶アイスに白玉や!」
どうだと言わんばかりに目を輝かせる先輩は、
驚くことに本当に自分の好物ばかりを的確に当ててきていた。
・・・多分、中学時代もそんなに言うほど話していないし、
二人で一緒に買い食いなんかした記憶もない のに。
やけに嬉しいような照れ臭いような、変な心境になってしまう。
ぐるぐるする思考を掻き消そうと、
綺麗に巻いてあるできたばかりのクレープにかじりついた。
「…どないや、合格か?」
「ーん、旨い、っす」
よっしゃ!と大きく叫んでから、人が食べるの見たら腹が減ったと言いながら
今度は自分のぶんを焼きはじめた。
甘い餡と少し苦い抹茶の味が、何とも言えず後を引く。
これで先輩は自信をもって、小春先輩のために気合いを入れたクレープを作ってやれるだろう。
…そう思うと急に、抹茶が突然渋味を増したような、そんな気がした。
「ま、先輩の『試作』一号は頂きましたわ。おおきに」
やや皮肉まじりになってしまった声音には気付かず、
ユウジ先輩は褒められたことで得意げに笑う。
確かにクレープは旨かったし、
久々に会う先輩との会話は楽しかった、のに。
なにか自分の心の奥に出来た取っ掛かりが、その正体が釈然とせず、黙って目を臥せた。
心に巣くう感情をストレートに吐き出せば、
子供みたくチョコレートを口端につけた相手の心を アイスみたく溶かしてしまえるだろうか。
END
だいぶ前に「クレープ屋で働くユウジ」の話で盛り上がってそのときに書きかけて放置してた(・・)ザイ→ユウ。
ここから派生した「クレープ屋で働く財前」バージョンがヤマモトさんちにいるメイド財前なんですよね〜!
うちのユウジはメイドさんじゃなくてごめんなさいね。色気不足でした!(そういう問題じゃないとか言わないでね)
将来をいろいろと捏造しすぎていてすみません。そしてわたし食べもの屋さんで働いたことすらないので
こちらもイメージと捏造にまみれています、ごめんなさい。本物のクレープ屋さんに教えていただきたい(なにを!?)
H21/07/06