相手にとっちゃきっと衝撃の、
そして俺にとっちゃ一世一代の告白だった。


夢にも思わなかった、最初は気のせいだと思い込もうとした。

まさか自分が小春以外の相手を、
ーーー千歳のことを 好きになるなんて。



当たって砕けるつもりで告げた思いを、
宇宙人みたく馬鹿でかいその男は事もなげに受け入れてくれた。

フラれるとか嫌われる覚悟は想定できていたけど、
まさかOKされるなんて、全く考えていなくて。


黙ってしまった俺に対し、
上のほうで微笑みながら「俺も好き」だなんて言われたものだから、
情けないことにその場で号泣してしまった。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった俺の背中を、
千歳は優しく撫でて慰めてくれた。



そんな情けない告白劇からしばらく経って、
俺は今、めでたく千歳と付き合っている。


どこが好き、なにが好き、と聞かれても上手く説明できない。
もはやその域まで入り込んでしまっていた。


だって、好きなものは好きなんだから。



千歳はでかいから、どこにいてもすぐに分かる。

廊下のはるか遠くのほうを歩いていても、
無意識に千歳の姿を目で追っている自分がいる。

だからといって、こっちから大声で呼びかけたりはしない。
じぃっと見つめるだけ、ただそれだけ。


千歳はあまり目がよくないから、なかなか俺に気づかない。
でも根気よく見続けていたらやがて視線を感じて、
少し目を細めながら俺を見つけだしてくれるのだ。

その瞬間、普段から穏やかな表情が更に優しくなる気がして、
平静を装いながら俺は激しく動揺する。


「(あー…あの顔は、反則やろ!)」


内心悶絶しながら、顔では何でもないふりをして
片手をひらひら振るのに留める。

相手が手を振り返したのを見て、
ああ本当に、本当に千歳は俺の、俺は千歳のものなんだと確信する。


思い出してはついニヤけてしまうので、小春をはじめとする
クラスメートほぼ全員に「一氏に春が来た」と即バレてしまったぐらいだ。



昼休み、俺は珍しく部室へと急いでいた。

それも3時間目後の休み時間、教室を通りすがった千歳に
「昼、部室で会わんね?」なんて言われたから。


昼飯を片手に浮足立った俺は今にもスキップせんばかりの勢いだったようで。

たまたま通り掛かった光に「先輩めっちゃキモいわ」とか言われたけど
今は突っ込み返す時間も惜しいので無視しておいた。


部室のドアを開けると、もう相手は中にいた。

相手が先に部室にいることに加えて
この場所に千歳が一人きり、という事態が珍しくて、
未だになにか自分だけに都合のいい夢でも見てるんじゃないか、と思えた。

しばらく入り口に立ち尽くしてから、ゆっくりと足を踏み出す。

俺のほうを見上げて嬉しそうな表情をされるだけで、
照れくさくて死にそうになる。直視できない。


「(んな顔すんなや、くそ…!好きすぎる!)」


心の中では大声で叫べても、
相手に直接、自分の感情をうまく伝えられない。
それがもどかしくて仕方なかった。


付き合いはじめてから今日まで、
言いたいことはたくさん、たくさんあるのに。

本人を目の前にすると途端に喉がカラカラになって
声が出なくなってしまうのだ。


「・・ユウジ」


呼ばれた名前には曖昧に頷き、
ぎこちなくなりそうな動きをごまかすよう足早に進んで、
相手の座る長椅子の隣に、わざと人ひとり分くらいの間を開けて座った。

するとちらりとこっちを見る視線に気がついたが、
そのまま持ってきた弁当の蓋を開ける。


「あ〜腹減ったぁ」


いろいろな感情を打ち消すよう声に出して箸を取り、
真っ先に目についた好物のおくらへと伸ばした。

と。


「‥!」


唐突に、離れていた千歳が腰を浮かして
こともあろうに俺のすぐ右横へと、ピッタリくっつくように座ってきた。

思わず箸を落としそうになる。
あまりにも急すぎて予想外で、身動きもとれずに一人固まった。

体の右側が熱い。
顔を上げたら確実に目が合うと分かっていたから、上げられない。


「・・・・・・」


羞恥とか、緊張ではない。

ただ 黙って自分からくっ付いてきた千歳の心情とか行動とか
そういったことを思うと、どんな表情をすればいいのか分からなかった。

今にも震えだしそうな手にぎゅっと力を籠める。


嬉しいのに、好きなのに。
その気持ちをうまく伝える術が見つからない。


せめていつも皆の前でしているように
ふざけて茶化して笑ってしまえたらイイのに、それすらできなくて。


「ユウジ」


再び名前を呼ばれる。声音から感情は読み取れない。

つまらないやつだと思われただろうか。
それとも、こんな俺なんて嫌いになってしまっただろうか。

ネガティブな思いばかりが胸の中で反芻する。


ふいに緩んだ手のひらから箸が一本滑り落ちて
沈黙を破るようにかちゃん、と音を立てた。

あっと思い体を曲げようとしたその直後、
いきなり横から長い腕が伸びてきて背中側から横腹をぎゅっとつかまれた。


「ッ!!???」


あまりのことに声も出せずに固まる、と
膝に乗せた弁当箱までもがグラっと重力に逆らわず落ちかける。

あ、あ!!っと叫んだつもりだったが声にはならず、
惨劇から逃げるべく目をつぶった。


しかし弁当がひっくり返った音がしないので不思議に思ったら
千歳の空いた方の手がしっかり弁当箱を引っつかんでいた。

勿論ふさがっているほうの手はしっかり俺の腰に回された、まま。


「あ、あぶなかー…」


ほっとしたというニュアンスの声が聞こえてくるも、
俺の心臓はもう、破裂寸前。


付き合い始めてからしばらく経つけど、
つい最近になってようやく手をつないだ、
小学生程度のレベル なのに。

こんな風に至近距離でくっついて、
顔のすぐそばに千歳の顔があって(首に息がかかる!)
大きな左手のひらの熱さが腰から肌に伝わってきて。


自分で自分のが気持ち悪いぐらいどきどきして、
すぐにでも振り払って逃げてしまいたいのに、体がガチガチになって動けない。


「…っち、ちと…ちとせ、」


蚊の泣くような声が出る。
千歳の長いまつげが頬に触れる。

こんなに人と近づいたのなんて小春以外には、
それもネタ以外では初めてで、思わず息をとめそうになる。

腰に回された手で、ぐっと抱き寄せられて。
どうしようどうしようと逡巡する間に、
いきなり唇をくっつけられた。


「…んっ、」


あったかい唇が触れ合う。

本来ならこういうときは目を閉じるべきだったのかもしれない。
が、とてもじゃないけどそんな状況判断はできなくて。

目を見開き、どこか他人事みたいに千歳の閉じた瞼を見つめる。

ふいに薄く開いた瞼から視線が絡んで、
唇を重ねたまま千歳がふっと笑う。


「…!!」


あとひと息でときめき死する!!
と思ったところで、相手が顔を離した。


脇に弁当箱を置くのをぼうっと見ながら、
さらに動けずに居る俺を千歳は正面から抱きしめてきた。


「‥ユウジ、生きとる?」


含み笑いした声音にはっと意識が返ってくる。
すぐ目の前の千歳は、いたずらに微笑んでいるまま。

置かれている事態を冷静に反芻すると、
一気に体じゅうの体温が上昇していった。


「…な、な、な、おっ…、い、いま」

「えへへ。ちゅーしちゃったと」

「ーーーッっ!」


してやったり、みたいな顔してしちゃったもクソもあるか。
…って反論したいけれど、言葉が詰まって出てこない。

まさか、そんな。
トナリ同士ぴったり座ったことすら初めてだったのに
そのままキスされる、なんて。

恥ずかしくて仕方ないのに、こんなへたれな自分が
嫌いになられていなかったことにひどく安堵して、思わず泣きそうになる。
ぎゅっとされたままの体温が心地良い。


「ね、ユウジ」

「…ん」

「もっともっと、甘えても良かよ。付き合っとるんやけん」

「……」


千歳の声は、きっと俺しか聞いたことがないくらい優しい。

そして多分、俺がずっと千歳に対して素直になれていなかったことに、
相手はとっくの昔から気がついていたんだろう。

…だとすれば、無理して意地を張って
気持ちをひた隠していた自分がばかみたいだ。


「ユウジ、目は好き好き言うてくれとんのに、いっつも俺にはそっけなか。
それやと寂しいけん、もっとベタベタしといで?」

「…う」


分かっている、俺は本当に千歳のことが好きで、
だから意を決して告白までしたんだから。

それでも、いきなり甘えて来い と言われても。
それが…できれば、苦労はしてない。

好きの気持ちが強すぎて、自分から触れにいくことに抵抗があるから。
俺の沈黙を察したのか、千歳が少し首を傾げる。


「…うーん、いきなりはちょっと難しかね?」

「……」


限りなく優しい声音に便乗してこくこく頷くと、
千歳はしばらく何か考える素振りを見せて、ぱっと笑った。


「んじゃあ、これからは俺のほうからベタベタすったい!」

「…へ?−−っわ!!」


今度はおもむろに胴体に腕を回されて、
軽々と持ち上げて抱きかかえられてしまった。

所謂、千歳の膝の上を跨いで、向かい合って座らされた状態。

この身長差と体格差じゃあ仕方ないとはいえ、
完全に子ども扱いされているのが釈然としない。


自然と無愛想な顔になったのを見逃さず、
千歳は俺の頭をぽんぽんと撫でた。


「ユウジ」


真正面で名前を呼ばれて目を丸くする。と、
前振りもなしにまた触れるだけのキスをされた。


「…!!!」


かろうじて忘れていた恥ずかしさが再び甦ってきて、
一瞬にして顔から耳の先まで真っ赤になったのが分かる。

全身が熱くて、溶けてしまいそう。
そんな俺をよそに平気な顔(に見える)の千歳がだんだんと
憎たらしくなってきて、勢いに任せて相手の唇に噛み付いた。


「…んッ?!」


はじめて表情を崩した千歳を見てケラケラ笑うと、
今度は痛いぐらいにぎゅうぎゅうと抱きしめられてしまった。



「…そういえば俺、昼ごはん食べてへん」

「ああ…−俺はユウジが食べたいけどね」

「え!??!」

「冗談たい」

「…あほ!!!!!」



やっぱりどこが好きかと聞かれても、俺はたぶん説明できない。
だって、”千歳だから好き”…なんだから。


END

いつものチト→ユウとかわって千歳すきすきユウジ、なチトユウを目指してみました。
考えてて凄く新鮮で・・・ユウジって恋をしたら盲目になりそうだなぁと。楽しかった、けど難しかった。
けっきょくは千歳からユウジに歩み寄りを見せてるしね・・最後までユジ→千歳で押しの一手なチトユウも
つくってみたいなとおもいます。試行錯誤したからやたら長い!

H21/07/23