あのときが最初で、最後かもしれない。
あいつに「好き」と言われたのは。


「…な、財前は俺のどこが好きになったん」


ひとの部屋のベッドに仰向けでひっくり返ったまま、独り言のふりをして尋ねる。

部屋の端で携帯をいじっていた主は、
はじめはスルーしようとして、やがて面倒くさそうに顔を上げ、緩慢におれを見た。
ものすごく嫌そうな顔をしている。


「……は?」

「せやから、告ってきた理由は?」

ごろんと寝返りをうち、逆さまだった相手を正しい向きで見つめる。
どちらにせよ、険しい眉間のシワは気のせいではないが。


「…はぁ、ウザ。なんでイキナリそんなこと聞くんすか」

「お前がゆうてくれへんからやろ」


おれに対して慢性的に言われるせりふは「キモい」と「ウザイ」がツートップ。
仮にも付き合ってるどうしなのに、それって悲しすぎやしないか。今もまたウザイって言われたし。


「理由も知らんけど、告られてから今日まで、好きって言われたこともあらへん」


口に出してみてから、無性に虚しくなる。
おれだってあまり「好き」の言葉を安売りする気はないけど、
少なくとも財前よりかは気持ちを伝えてる…はずだ。

黙り込んだ相手をじーっと見てると、ふっと目を逸らされ、長く重い溜め息。


「…先輩」

「うん」

「ーおれ、そういうん苦手なんすよね。てか伝わっとりませんか?所謂…なじり愛みたいな」

「ばっ…アホか!なじっとる時点で愛ちゃうやろ!!」


真顔で理不尽をぶつけてくる財前に思わず声を荒げてしまう。

相手なりの冗談だったのか、相手は目を丸くして固まった。
なんだか急に恥ずかしくなって俯けば、また呆れたような声が聞こえる。


「…何なんすか、先輩。どっかのバカップルにでもアテられたんすか?」

「……ちゃう」


小さく首を横に振る。
そりゃ勿論、街中や学校で見かける男女のカップルが全く羨ましくない、と言えばウソになる。

おれたちの付き合いは世間では一般的なものじゃないから、隠さないといけない。
なんでだとか悔しいだとか思うけど、こればっかりはどうしようもなくて。

男同士で付き合うことがどういうことか。
おれたちはまだ子供だけど、それを理解したうえでもなお、一緒にいることを選んだのだから。


「…やから、外やったらそういうん、聞かれへんから。うちん中やったら…と、思て」


人前で手を繋ぎたいとか抱きしめてほしいとか、そんなのはいらない。
せめて二人きりのときなら…言葉だけなら求めてもいいんじゃないか、と思った。

伝えたいことが纏まらず切れ切れに話し、目線を上げる。
相変わらず財前は無表情のまま、ふっと吐いたのは溜め息か、堪えた笑い声か。


「ー女々しいわぁ…俺、嫌いなんすよね。そういうん」


軽い口調の言葉は柔らかな刺になり、緩やかに心へ刺さる。
いつものノリで言われたのは分かっていた、のに。


いつの間にか蓄積した思い…
俺だけが、相手のことを一方的に好きなんじゃないかという不安 が、
「きらい」とゆう言葉によって崩れてゆくのが分かった。

いつもならふざけんな!とかすぐ切り返せるのに、唇が震えて声が出せない。
手の平や背中に汗がじっとりと滲み出し、相手の表情も見れず座り込んだまま動けなかった。


「…先輩?」


俺の様子を訝しく思ったらしき声を聞いて、反射的に立ち上がる。
見下ろす形になった相手は驚いたようにこっちを見上げていた。


「帰る」


口をついて出た言葉は掠れていて、目の端にはいった光の表情がさっと曇る。
まだ何か言われるのかと身構えながら、これ以上
子どもじみたな態度をとったら本格的に嫌われる気がして、
強引に感情を押さえ込み部屋から出ようとする。


「…何をキレてんすか、いきなり」


後ろからとんでくる、呆れたと言わんばかりの声音。
いつものことなのに、今の俺にはかなりキツくて。

俺の様子がおかしいのに感づいた財前が、立ち上がって腕を引っ張ってきた。
自分より冷たい、けれどまだ数えるほどしか触れたことのない
相手の体温が、張り詰めた涙腺を溶かしてしまう。


「は…?なんで泣いてんねん」

「っ…」


見開かれる瞳からは何を思っているのかやっぱり読み取れない。
ただ、こんなことで涙を見せる自分に引いてるだろうことは分かる。
掴まれた手を軽く振り払うと、呆気なく離れていった。


「もうええねん。分かってん。嫌いなんやろ、俺のことなんか」

「え、ちょっ…」

「ほんまは、好きなんかとちゃうかったんや、ただのネタやってんやろ。
 そら告った理由なんかないわな、ないもん言われへんわな!」


堰をきったように溢れ出す言葉は止められない。
びっくりした顔の財前が涙でぼやけて、次第に今
自分がなにをしてるのか、なにを言ってるのか、分からなくなってきた。


「ーー先ぱ」

「どうせ俺はウザいし女々しいし!お前に好かれる要素なんやひとつもあらへんわ!
 か、勘違いしとって、悪かったな…っ」


ぼろぼろ溢れる涙がよけい悲しさを助長していく。

たしかに、たしかに財前は愛想は悪いけど、
今日まで一緒にいたりだとか、部活帰りに話したこととか、ふとした時に見せる笑った顔とか。

いろんなことを思い出して、涙がとまらなくなる。


「お、俺ばっかし、お前んことどんどん好きになって…ほんま、アホみたいや…っ!」


好きになった人と気持ちが通じあえないことがこんなに悲しいなんて知らなかった。
「嫌い」という言葉がこんなにも深く胸を刔るなんて、知らなかった。

情けない自分を自覚して、ああもう財前との関係はここで終わるのか、
繋がるまでは大変だったのに終わりはこんな呆気ないもんなのか。そう思い始めていた。


「…ッ!」


突然、腕が抜けるくらい強く引っ張られた、と感じるのとほぼ同時。

立ったまま思い切り抱きしめられて、脳がくらくらした。
突き放される覚悟をしていただけに、衝撃は大きく。

ほぼ同じ身長と体格なのに、財前は俺を覆うようにぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。
思わず息を飲むと、視線が合うのとほぼ同時に唇を塞がれた。


「…んっ!」


じゃれあうようなそれではなくて、舌を絡ませて呼吸まで奪うみたいな深い深いキス。
初めての感覚に眩暈がしそうで、ギュッと目をとじた。


「…ほんま、アホや…先輩」

「な、ん……っ」


離れた唇から飛んだ悪態に瞼を開けると、
財前は今にも泣きそうな、あまりにも切羽詰ったような顔をしていたので
言葉が奥へ引っ込む。

見たことない表情にあっけにとられていると、
目じりに溜まった涙を舌で舐め取られて身体がはねた。


「嫌いやなんて…あるわけないやろ。仮にも年上なんやからそんぐらい分かってください…」


じっと目の前から見つめられて、
何より、その言葉に安堵している自分に気がついてのぼせるような感じになっていく。

確かに俺が汲み取れなかったっていう部分もあるかもしれない。
けど、それにしたって財前の愛情表現は分かりにくすぎる。

近づいたり離れたり、ではなく、突き放すようなことばかりするから。
きっと睨みつけると、相手の顔はもういつものポーカーフェイスに戻っていた。


「…っそ、なん…分からへんわ!お、俺かてなぁ、俺かて…」

「もうエエです。ユウジ先輩」

「・・ン、やねん」


伝った涙が気恥ずかしくて乱暴に拭う。
すると一呼吸置いて、財前がもう一度俺に抱きついてきた。


「っわ、」

「……泣かしてもて、すんません。…俺、最低すわ」

「…え」


顔が見えなくなってくぐもった声を聞きながら、
背中に回された手にぐっと力がこもるのを感じる。
黙って同じように相手の背に腕を回す。

普段でかい態度をとる相手が、今は年相応に幼く、小さく見えた。
かける言葉を探していると、肩口に埋もれたまま財前がまた話し始めた。


「先輩のアホなとことか、しょうもないことでもめっちゃ頑張るとことか、笑たらなくなってまう
 きっついツリ目とか、何やもたもた喋るとことか…日に日に増えて、ようさんありすぎて言い切れんのです」

「な、なんやねんそれ…悪口か!」

「やから…、理由、です」

「は?」


ば、と急に身体を離される。
見据えた視線が真剣すぎて、財前の瞳に吸い込まれるような錯覚に陥った。


「ユウジ先輩を、好きになった理由」


喉に貼りつくような声音が鼓膜を震わす。
それから徐々にその意味を理解して、一気に顔が熱くなっていく。
比例するように財前の頬が徐々に赤くなり、拗ねたように目を逸らした。


「…ざ、財前」

「………何すか」

「おまえってほんま、めんどくさい奴!」


うっさいわ、そう言い返してぶすくれる可愛げのない後輩を、
それでもやっぱり俺は好きだと思った。



END

すんごい久しぶりな気がするザイユウ。・・なのになんかよく分からなくてすみません…
書いてくうちに二人そろってウダウダもだもだしはじめてアーーーッてなりました^▼^
ザイユウってよく喧嘩しそうだなぁと思ったのでつい…財前のキャラがよくわからん。
今度はもちっと甘いザイユウかけるように頑張ります。
H21/01/07