突然目の前にあらわれた相手を見て思わず、
一歩うしろに下がりかけたのをぐっと堪える。

体まるごと日影に飲み込まれるほどデカイ相手はそれでも同い年の二年生だそうで。
おんなじ学年の転校生なんかに怯んでたまるか、という
謎のプライドで、下からぐっと見据える。

おれの上に30センチ定規をのせたぐらいのとこで
緩ぅく笑い顔を浮かべ、開口一言。


「よろしくいちうじくん」

「ひとうじや!!!」




部活とクラスが同じという理由で次期部長に確定した白石に
さらりと『お世話役』を押し付けられたけど、
そもそも絶対そういう役まわりは向いてないと自覚している。

必要以上に他人にかまうのは苦手だし親切になんてしてやれない。
そんな思いはたぶん態度に丸出しで、
空気を読んでくれることをどこかで祈っていた…、ん だけど。


尖ったナイフのように冷たくあしらっても、
ねめつけるようにガンをとばしても、
愛想のない適当な相槌をうつだけの会話を繰り返しても。

相手は文句のひとつも言わずに、黙ってただ微笑むだけだった。

やりにくくてたまらない芸人泣かせの天然記念物、と言うと
白石は「ユウジそれうまい!」と答えて笑った。最っ高にいらついた。




「千歳、行くで」


名前を呼ぶとくるっと振り返る。
席から立ち上がるより先にさっさと歩き出すと、
うしろから慌てたようについてくる気配。
ここんとこ毎日、教室移動とかのたびにこれと同じ一連の流れだ。

そして毎回毎回、机に脚をぶつける派手な音が聞こえる。
あのサイズでおれらと一緒の机と椅子ってのが無茶だ、特注してもらえばいいのに。


「どこ行くと?」

「…さっき言うてたやんけ!第二理科室や!」


容赦なしに手にした教科書で鋭く横っ腹にツッコむと、
千歳は情けない顔でへら、と笑った。

・・おれもたいがいだと思うけど、こいつは人の話聞いてなさすぎる。
一緒にいると眉間にいっつも皺寄せすぎて跡がのこりそうだ。


けど、普段こんなんでも部活に行くと豹変?するんだから凄い。
部内の噂でなんとなくしか聞いてないけど、
九州にいるときはテニス界で相当な有名人だったらしい。
初めてラリーをしたときは、その凄い球威に驚いた。

なんで今はウチの学校にいるのかとか詳しいことは知らないし、興味もなかった。
もともと千歳自体、よくしゃべる方じゃない。
本人が言わない過去を無理矢理に聞き出すつもりはない。


自慢じゃないけどどっちかと言うとおれは人に教えるより、
人から教わることのほうが多かったから、いまの立場はすごい新鮮。

当たり前だが何も知らない千歳は、
渇いたスポンジが水を吸うようにおれの言うことをなんでも吸収していく。

優越感… ではないけど(多分…)
自分よりずっとでかい相手がカルガモの子どもみたいに後ろにくっついてくるのが楽しかった。


「最初は何やかや言うてたけど、すっかり仲良しさんやねぇ〜」

なんて、小春にもゆわれてしまった。
そうか、そう見えるのか…本命はお前だけなのに。いや、それは千歳には関係ないか。




「ーそういやお前っておれのこと何て呼んでんやっけ?」


秋風がだんだん涼しいから寒いに移行しかけてる季節、
なのにおれら二人は外で昼ご飯を食べていた。当然ながら、まわりには誰もいない。

やたら外にでたがる相手に合わせてやってきたけど、
さすがにそろそろ限界っぽい。

カップラーメンをすすりながらおもむろに思い出したことを口にすると、
千歳は弁当を食べる手を止めて、きょとんと目をまるくした。まあ当然のリアクションだろう。


「んん…?何やったかね、急に言われたら分からんと」

「『いちうじ』言われたんは忘れてへんけどな」

「…まだ覚えとんの!」

「当然や、結構根に持つタイプやからな」


ほんとはそんなんもうどうだっていいのに、わざと困らせるようなことを言ってやる。
予想通り千歳は困ったように眉を垂らしている。

…そうこれ、この顔をみるのが好き。
デカイ相手がやたら小っさく見えるこの瞬間、エクスタシー!!
なんかおれ、千歳が相手だとSになれる。


「マジで、名前呼ばれたことあらへん気ぃする」

「ーそうか、じゃあ…」


少し間があって、考えるそぶり。
まだ昼飯をもぐもぐしてる顔だけみれば、背は大きくてもやっぱり中学生だ。
ぼんやり眺めていると、千歳はにこっと笑う。


「ユウジて呼んでも良か?」




あとで思えばおれだってずっと「千歳」って名字を呼んでるんだけど、まあ良いとする。
だって、あのときツッコまれなかったし。
基本、千歳はボケっぱなしなので、ツッコミは専らおれの仕事だ。


普通に一日じゅう学校に来なかったり、かと思うと昼すぎにふらっと現れたり…
千歳がそんなふうになってきたのは冬が終わり春がこようかという頃。
もうじき三年になるってのに、と思いながらも、おれはなんにも言わないでいた。

時には九州時代、ヤンチャだったらしいから…
なんて「ワル復帰説」みたいなのも聞いたけど、それはないだろと心の中だけでつっこんだ。

昔はどうだったかおれは知らない、
でもあんなに天然で人懐こく笑って、人の言うこと素直に聞いて、
真剣にテニスやってるやつがヤンキーリターンズなんてするはずがない。

相変わらず千歳のことなんか何にも知らないままなのに、
やけに強気にそう思える。


そこではじめて、いつの間にかあいつを相当気にいってる自分がいることにきがついた。


…のちのち、ただその辺りをふらっと放浪していただけだったと分かったのは、
外から戻った制服のズボンが野草まみれになってたのを見たときだった。





「ーずうっと気になってたんやけど、ユウジはなんでいっつも顔半分隠しとると?」


久しぶりに朝から学校に来てたかと思えば、イキナリそんなことを聞かれた。
明日はもう終業式で、授業も終わったから今から部活に行こうかとしてる時間。
すでに教室に人はまばらだ。


「…へ?」


荷物も持って立ち上がってたものの、
いまだ椅子に座ったまんまの千歳にあわせてもう一回、正面向き直して腰をおろす。

隠すって何だ?
しかも半分って・・・。
左右普通に見えてるのに?

さらに首を傾げると、目の前に手の平をかざされた。
そしてそのまま、おれのバンダナを指差す。


「これと髪で、目が半分見えせん」


呟くように言って、次は前髪を一束、そうっと掬った。
ついついおれはされるがまま、逆にあぁそうゆうことか、と納得している。

しかしなんでまた今になって・・・会ってすぐの頃ならともかく。
それを言うならおれだって聞きたいことぐらいあるのに。
方耳だけのピアスとか、右目のこととか。ーでも、尋ねない。

答えを待っているらしき相手と目があって、
堪忍したように口を開く。


「おれ目つき悪いやろ、せやから隠してんねん。あとは…寝癖ごまかすんに便利やから」


淡々とこたえるのは本当のこと。
過去 この三白眼のせいで何人の子供に泣かれたか…、
そんなトラウマを思い出して苦い気持ちになっていると、今度はなぜか千歳が
不思議そうに首を傾げた。


「・・−そうか?」

「そうやの。怖いって言われるからー」


すると、さっきからそのままだった左手で
前髪をぐっと上に持ち上げられて、思わず目を瞠る。

広くなった視界に入るのは窓際のカーテンと黒板といくつかの机と 千歳だけ。
瞬間、無表情だった顔が得意げな笑みにかわる。


「…うん、やっぱり見せてるほうがかわいか」

「!!」


その途端一気に頭に血が上るのが分かって、
ガバッと体ごと後ろにのけ反った。

引き離された手を持ち上げたまま、でも千歳は未だ微妙に笑っている。
おれはカッとなる頬を両手で挟んだまま固まった。

なんだそれ!
ふつう至近距離でそんなん言うか恥ずかしい!
っていうか!


「お…、男が男にかわいい言われて誰がうれしいか 阿呆!」


ガタンと地面を蹴って立ち上がりざまに
いつもなら上にある相手の頭をスパン!と叩く。
痛っと声をあげた千歳に、そういやこんな典型的ツッコミは
初めて入れたな とはたと気付き、そんなのどうでもいい!と思いかえす。


「褒めとるのに…」

「悲しげにゆうな!もう、やっぱお前、きらいや…!」


吐き捨てて乱れた(気がする)前髪をいそいで直してかばんを掴む。
そしたらまた千歳はえっ、ていう顔をして慌てておれを追うように立つ。

お約束通りまた、机に膝んとこをぶつける音。いい加減学習しろよ!


しばらく一緒にいたりしてわかったようなつもりでいたけど 全っ然分かっていなかった。
変な、変なやつ!気に入ってるなんて大間違いで、
こんなわけのわからんやつキライだ。
絶対キライだ!


教室を飛び出したおれを後ろから追いかけてくることに
どこかほっとしてるのだって 気のせい、気のせい。


何したらゆるしてやろうだとか、
振り向いたらきっとあの困った顔してんだろうなとか思ったらついついにやけてきそうだったけど、
これは好き…だから なんかじゃ、ない!





自分への言い訳
END

千歳とユウジの出会いから捏造してまでチトユウ馴れ初め話を目指したはずが、なぜかチト←ユウに・・・?
というかユウ君の千歳観察日記みたいになったのかも。笑
それにしても千歳があまりにヘタレになりすぎてごめんなさい・・あとユウジがサドでごめんなs(ry
もともとおっきい子とちっさい子が連れ立ってて、しかもちっさい方がやたらエラそうだったりしてたら可愛いな★
という妄想からうまれたんでした・・思いつきだけで一日で書けたよ。いきおいってすごい。
このあとチトユウは部室に着くころはもう普通になってて、最終的に半年後あたり千歳から告る、というオチだと思います。
真のヘタレはユウジ!
H20/04/01