手は繋いだ、キスも…触れるだけのものは何度かした。
「すき」の言葉は毎日のように降り注いで、そのたびに心臓がきゅんとなる。

…けれど。
そこから先のことは、付き合いはじめてしばらく経つ今もまだ、未知の世界のまま。


「(…べつに、そーいうことしたいっちゅー訳とちゃうけど!)」


誰に言うでもなく脳内で弁解して、熱くなる頬に気付き溜息を吐く。

実は好かれていないんじゃないかなんていう疑惑は、今更抱かない。
相手が、わざわざ嘘をついてまで自分を好きだと言うメリットなど、どこにもないからだ。

ただ、相手が一体自分のどこがよくて自分を選んだのか、それはまったく分からない。


「(せやて…俺、べつに小春みたいにカワイイ系やないし、白石みたいな美形でもないし)」


鏡の前でうーんと首を唸る。それから改めて、相手のことを思う。
何を考えているのかイマイチ掴みきれない、千歳の笑顔が頭に浮かぶ。

千歳は多分、まぁ人間的には一癖あるにしても、
世間一般的に言わせればカッコイイ部類に属するはずだ。
あんまりよく知らないけれど、付き合う相手に不自由することなんてないだろう。


「(なんで…敢えて、俺?)」


千歳は自分のことを「小さくてかわいい」と言う。
そりゃあ千歳と並べば小さいかもしれないが、女子のほうがもっと小さくって柔らかくて、かわいいだろうに。

いくら悩んだところで堂々巡り、それでも。
今では自分もかなり、相手のことを好きになってしまっている。


放課後、いつものように千歳の部屋へとついていく。
家族や友達の介入が心配ないこの場所では、狭い空間にふたりきりになる。
ぺたりと足を伸ばして座れば、寄り添うように千歳も隣に座る。


「ユウジくん」


耳元で名前を呼ぶ声に、ぴくっと体が揺れる。
ばかみたいに、心臓がめちゃめちゃな速度で鳴り始める。
見上げれば、すぐ近くに千歳の笑顔。


「(うあ、どないしよ…めっちゃ、すき)」


誘うように顔を寄せ、目をとじる。
同じ男どうしなのに信じられないけれど、千歳にならこのままどうされたっていい、と思った。


「…ん」


唇にふにゃ、と触れる感触。ただそれはほんの一瞬で離されて、
慌てて目をあければすでに少し離れたところに千歳の顔があった。


「(今日も…これで終わり…なん?)」


口に出せず黙り込むと不満げな表情に気付いたのか、相手がよしよしと頭を撫でてくる。
大きな手の平は心地いい、それでも。小さい子と同じ扱いしかされない事実に、
胸が苦しくなった。


「(俺は、そういうことする対象には見えてへん…ちゅうこと?)」


確かに、自分に相手を誘惑できるような魅力があるとは到底思えない。
いつまでたっても手を出してこないのはつまり、手を出したくならない、ということなのか。

そう思うと悲しくなって、じわりと目の奥が熱くなる。


「…っ」

「…?!ゆ、ユウジくん、なんで泣いとっと?」


慌てたような千歳の声音に、自分が涙を零していたことを知る。
おろおろと肩をさする相手の優しさと温もりがいとしくて、余計に泣けてきてしまう。
こんなに、こんなに好きなのに。


「…れは、」

「えっ」


俯き溜まった涙を払い、困惑しきりの千歳を見上げ、勢いよくその唇にくちづける。
丸くなった瞳を見つめながら薄く開いた唇へ、慣れないながら歯列を割って舌を押し込む。
ぱっと朱がさした頬に気付くけれど、いまさら退くに退けない。

やがておずおずと伸ばされた両腕に抱きしめられ、柔らかい舌が口の中で絡む。
仕掛けたのは自分なのに、鼓膜に届く唾液が混ざる音、初めての長いキスに、クラクラした。

同時に、今まで知らなかった自分の中の本能に火が灯るのを感じる。


「(なんや、これ?めっちゃ…やらしい)」


唇を離し、じっと相手の目を見つめる。
息を切らした千歳は何がなんだかという風だったが、潤んだ瞳は戸惑いに揺れていた。


「ユウジ、く」

「ちと、千歳っ、なぁ、俺…っ」


乱れた息を整えて、ゆっくりと相手に向き直る。
たとえ自分に色気も魅力もないとしても、本音を伝えるのは今しかないと思った。


「俺は…お、お前とやったら何してもええって、思とんねん」

「っ、え」


普段あまり表情のかわらない相手の頬が赤らむ。
こんな状況なのにそれが可愛くて思わず口角が上がった。思わず、千歳の袖口を指先できゅ、と引っ張る。


「ジブンは?俺なんかと…、したない?そういうんじゃ、ないん?」


瞬きをすると堪え切れなかった涙がまたぽろぽろ零れおちる。
と、いきなり正面から覆いかぶさるように抱きしめられて、頭がくらりと揺れた。

歪んだ視界にはそのまま天井が広がって、ようやく押し倒されたことに気付く。


「千、歳…」


視線を寄越すと、見たことがないほど余裕のない相手の顔が見えた。
それを認識するなり、いきなる唇を塞がれる。

「んっ!」


先程自分が仕掛けたよりももっと激しい、呼吸まで持っていかれそうなキスに、
必死で自分を覆うからだにしがみついて応える。
爆発しそうな鼓動が二人ぶん、重なり合う胸で高鳴った。


「ン、っふ…」


口の端から唾液が流れ落ち、くちゅくちゅ音をたてて舌に掻き回される。
ようやく離されたときには互いにすっかり息があがって、ぼうっとした頭では現状を追いかけるも難しい。
頬を手の平で撫でられて我に返る。


「っはあ、千歳…、」

「ユウジくんごめん、ごめんね…」


今度は見上げる千歳のほうが口を引き結び泣きそうな顔をしていたので、
慌てて下から手を伸ばし頭を撫でてやる。
するとむずむず子供みたいに表情を歪めて、ゆっくり唇を開く。


「ユウジくんに…いやって言われるんが怖くて、ずっと、我慢しとって、それで…」


いつもは大人びて見える相手が、今は随分幼く写るのが愛しくて、今度は頬にやさしくふれる。
どきどきして今にも息がとまりそうになった。


「…俺もずっと、ユウジくんに触りたかったと」


小さく、でもはっきりと聞き取れた言葉が真っすぐに届く。
いつも止めたって聞かんくせに、なんで妙な遠慮するねん!
心の中の叫びは、もう一度唇を塞がれたせいで、声にはならなかった。


「…んっ、あ…千、歳」

「すき。好いとうよ、ユウジ」

「っ…、ん、わかっとる」


初めて呼ばれた「くん」づけじゃない名前だけでもドキドキしてしまうのに、
このあとのことに耐え切れるのかと不安になる。けれど。

触れてくる手の温度に安堵して、すべてを預けようと、そう思えた。


「俺も好き、大好きや。千歳」




目を覚ましたときの身体の痛みや恥ずかしさは半端なかったが、
それでも心配そうに覗き込む相手の顔が愛しくて、大丈夫だと微笑んだ。


大事そうに触れてくれる優しさは、きっとこれまでも、これからも変わらない。
もっと、うんと甘やかして欲しくて、広い腕の中に擦り寄った。


END

手を出されないことに不安になるユウジと、大事すぎて手が出せない千歳…、という話。
ユウジが千歳にめろめろになりすぎてて書いてる時に笑いました(えっ)まぁいわ
ゆるバカップルですよね…結婚したらいいねん。
ちとユウっていろいろ考え込むと意外とネガティブだったりするのかなぁ・・・っていう。
とりあえずあの、大事なところ逃げてしまってすみません。初体験はまた改めて書く予定!
ていうか…いろんなシチュエーションのをいっぱい書きたい!(本音)
H22/05/13